2010年4月18日 08:38
人も組織も、社会である外部の資源を、社会である外部の価値に
変換する経済連鎖の一つの環です。
仏教の<無我>とは<相互依存>のことであり、人も組織も
ネットワークの連鎖でつながっている。
それがサプライチェーン(供給連鎖)であり、そのイメージを
表現した球形の網の結び目が宝石となっている
「インドラの網(ネット)」は供給連鎖モデルと考えられます。
◆━━━今岡善次郎のマネジメント・メルマガ━━━━━◆
第098回
★顧客の顧客まで誠をつくす仕事の連鎖★
~
P.F・ドラッカーの社会生態学的経済連鎖モデルが開く 人生・企業・社会の共通のフラクタル構造~
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『我々の心は天地の心』
■こんにちは、今岡善次郎です。
この前の日曜日、
長男夫婦が3歳の孫連れて病院に面会に来てくれました。
レストランでコーヒーを飲み、テレビアニメのヒーローの
モノマネする孫の仕草に心やすらぎました。
病棟へ妻を返し
その場を離れましたが、分かれ間際の反応が辛い。
また来るよ 去りゆく僕を 追いもせず
目の向く先は 虚空の片隅
以前の「もっといてよ」という表情が無くなった。
さて、
●今週のテーマ
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1.我々の心は天地の心
2.売り手から買い手へ転換する
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1.我々の心は天地の心
■安岡正篤が語る
東洋の世界観は現代の科学的合理主義の脳で聞くと
少し違和感がありますが、
実は
ドラッカーが言っていることや
最近の脳科学者が言っていることと
通じることが多い。
「我々の心は天地の心である」
「天地が発して我々の心となっている」
天と言う社会と一人ひとりの人間の持つ心は
同じものであるという。
その意味わかりますか?
■考えてみれば
我々の日常生活において
個人も組織も社会も「心」という精神の領域が実は分かっていない。
個人も企業も政治組織も
金と物を中心に据えて日々の生活や仕事をしている。
「心」は
自分でも他人でも扱いにくい厄介な対象だと皆思っている。
■しかし「心」抜きには
金も物も得られない。
人生も企業も行政のマネジメントにおいて
「心」にしっかりと向き合うことが成果をあげるために
不可欠です。
安岡によると東洋の人間学では、
人間の心は天地自然が人間を通じて創ったものであるという。
日本大学医学部 脳神経外科医の林成之先生によると
思考をする「知能」は「心」と一緒に機能し、
心を扱う脳神経群の発火現象として機能するようです。
そして又、理化学研究所の脳科学者
藤井直敬先生によると
脳神経は自他の区別が厳密ではない。
ソーシャルブレーン(社会脳)として
個人の脳内も社会である多くの人の脳も
多層ネットワーク構造でつながっているようだと。
■従って、
人も社会も元は1つの多層(フラクタル)な脳であり、
自分だけで個として存在しているのではない。
心を介在させて人と人、組織と組織のネットワークの連鎖の中で
生きていると考えられます。
「我々の心は天地の心」は
顧客の顧客・・・という
「顧客の連鎖」を連想させてくれます。
2.売り手から買い手へ
■ドラッカーによると、
近代科学の常識は合理性、効率性の追求にあり、
そのための専門家重視であったが、
それが変わろうとしています。
企業も政府機関も病院も介護施設も
提供側である売り手に知識があり技術があり主導権があったが
今は需要側である買い手に主導権が移行しつつあると。
■近代的合理性では
専門家を集め、集中させ、計画させ、作り、提供した方が
効率的であると考えます。
企業では本社のスタッフが企画して現場はそれに従う。
行政は中央官僚が立案し地方の現場は実行する。
病院では医師が絶対的権威を持ち、看護士や介護士、患者や家族は
受け入れる。
その方が正しく効率的だとみられてきました。
■ところが今起こっている変化は効率やコストを重視する
マネジメントではなく、
一人ひとりの顧客にとって、市民にとって、
患者にとって、家族にとって
人間として大事なものは何か、
何が重要かという当たり前の問いが問われる時代に
戻りつつあります。
そして
知識が供給者である専門家だけのものではなく、
誰でも入手できるようになりました。
顧客は、市民は、患者は、患者家族は
専門家の権威の前でただ黙って選択するしかない時代ではない。
民主党の事業仕分けを見ても、
国民の代表でもる素人の問いかけに対して
行政の専門家の対応を見ても分かります。
認知症の介護のノウハウも成功失敗事例も含めて
ネットでも書籍でもあふれています。
患者家族は介護医療の専門家と一緒に考える。
メーカーは消費者と一緒に製品を開発する。
市民は行政に参加する。
■今は、供給者が売り手であることをやめ、
需要者のための買い手にならなければならなくなったと
ドラッカーは言います。
繁盛している店は
客への売り手ではなく、客のための買い手である。
客に何を売ろうかではなく、
客は何が欲しいかを
考えて仕入れる買い手である。
私にとって自戒すべきことは、
学生に何を教えるかではなく、
学生はどんな問題を抱えているかの聞き手
となることである。
コンサルティングの顧客に
仕事の現場の問題やマネジメントの課題の聞き手
になることである。
本日もメルマガ読んで頂きありがとうございます。
今岡善次郎
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株式会社ビジダイン
http://www.bizdyn.jp/
東京農工大大学院客員教授
多摩大学大学院客員教授
http://www.tuat.ac.jp/~rmmot/about/prof/imaoka.html
http://tgs.tama.ac.jp/modules/teacher/index.php?fct=photo&p=33
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部分である人は人との関係でしか存在しない。仕事の場で人は組織
の関係でしか、存在しない。どんな専門も他の専門との連携でしか
仕事の成果を生まない。企業は社会との関係でしか存在しない。
科学的管理が説く、外部は単なる環境ではなく、
企業は社会の一部である。