P.F・ドラッカーに学ぶ人生・起業・社会設計のすすめ|今岡善次郎のマネジメント・メルマガ

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自分は何者か

2010年4月26日 18:22

 

人も組織も、社会である外部の資源を、社会である外部の価値に
変換する経済連鎖の一つの環です。
仏教の<無我>とは<相互依存>のことであり、人も組織も
ネットワークの連鎖でつながっている。
それがサプライチェーン(供給連鎖)であり、そのイメージを
表現した球形の網の結び目が宝石となっている 
「インドラの網(ネット)」は供給連鎖モデルと考えられます。
◆━━━今岡善次郎のマネジメント・メルマガ━━━━━◆
                   第099回   
                            
    ★顧客の顧客まで誠をつくす仕事の連鎖★     
 ~P.F・ドラッカーの社会生態学的経済連鎖モデルが開く  
  人生・企業・社会の共通のフラクタル構造~      
◆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◆
 
   『自分は何者か』
 
■こんにちは、今岡善次郎です。
 
先日の日曜日、
若年性認知症家族会「彩星(ほし)の会」主催で
首都大学東京の勝野先生のリードのもと
看護学部大学院生をサポーターにして毎月開催されている
ミニデイサービスに参加しました。
 
認知症の妻を、夫を、サポーターの皆さんが
歌や踊りで介護してくれている間に
家族がそれぞれの悩みや問題を話し合い
交流する。
 
私は3年前まで妻を連れて毎回参加して
大変お世話になったサービスです。
 
私はサポーター役の一人となって
近くの蚕糸の森公園でお昼ご飯や
気功などして皆さんと過ごしました。
しばらく忘れていた
癒しの時間となりました。
 
 
さて、
●今週のテーマ
====================
1.自分は何者か
2.異なる分野の異なる知識
====================
 
1.自分は何者か
 
■安岡正篤によると、
 
人にとっての根本的な問いは
何を成すかではなく、
自分は何であるか
である。
 
己は何者か発見することが重要であると。
 
マネジメントで言えば
何を成すかという戦略を決める前に
自社は何者か、
自社の存在は何か、自社の事業は何か
を問えというドラッカーとも通じています。
 
■人も組織も
社会的に何かを成し遂げることで
存在が認められるので、
自分は何かを充分理解しないで
行動している。
 
社会の中で時間軸の中で
自分は何者か、我が組織は何のためにあるかと
問わなければならない。
 
■「天上天下唯我独尊」
 
一人ひとりがこの大自然の中で
オンリーワンとして存在していることは
とてつもなく尊いことなのだ、
という意味ですね。
 
生命として、社会(天)の中で
一人ひとりがそれぞれの処を得て
尊い天命が与えられているのだと言う意味です。
 
江戸時代の陽明学者、熊沢番山が
この言葉によって、朝の光がさして万景が見える
自分を発見したそうです。
 
■人は
自立して志を持ち、
人のために誠意を持ち、
社会の中で使命を持つことの重要性を
認識すること、
 
それが
「自分を発見する」ことになる。
 
何をどうするか(戦略実践)の前に
自分を発見する(使命)ことの方が大事なのですね。
 
 
2.異なる分野の異なる知識
 
■ドラッカーも言っていますが、
いかなる業種、企業、組織と言えども
内部開発の独自の技術や知識というものはあり得なくなった。
 
その分野に必要とする知識が
馴染みのない異質な分野から生まれている。
 
昔は企業内研究所、産業別研究から技術開発が
成果を上げていた。
 
■異なる分野から新しい知識がもたらされる
この傾向は20世紀の後半から始まる加速がついている。
 
電話産業をリードしたベル研究所が発明した
トランジスターが
日本の電子機器メーカー、ソニーの成長のエンジンになった。
 
■認知症介護業界でも
JR機関車の整備士だった人が介護のカリスマと
言われるようになった。
 
伝統的な理学療法や介護方法に
別の異なる分野の知識が役立つ。
 
現在の自動車業界も電気自動車に
意外に早く移行するかもしれない。
 
知識も技術も全く異なる、
家電業界や新規のベンチャービジネスが積極的に
動いている。
 
 
■これからイノベーションは
組織の内部からではなく、
外部の技術・知識との協業・外注・合弁などから
もたらされる。
 
異なる分野、異なる知識を受け入れる組織が社会に
イノベーションをもたらす。
 
大企業のマネジメント原理は
先入観をもった人が多いが、
 
高校野球の女子マネージャーが
ドラッカーを読んで甲子園進出を話す話も
決して非現実的な話ではありえない。
 
 
本日もメルマガ読んで頂きありがとうございます。
 
今岡善次郎
----------------------------------------------------------------
株式会社ビジダイン
http://www.bizdyn.jp/
東京農工大大学院客員教授
多摩大学大学院客員教授
http://www.tuat.ac.jp/~rmmot/about/prof/imaoka.html
http://tgs.tama.ac.jp/modules/teacher/index.php?fct=photo&p=33
----------------------------------------------------------------
部分である人は人との関係でしか存在しない。仕事の場で人は組織
の関係でしか、存在しない。どんな専門も他の専門との連携でしか
仕事の成果を生まない。企業は社会との関係でしか存在しない。
科学的管理が説く、外部は単なる環境ではなく、
企業は社会の一部である。

我々の心は天地の心

2010年4月18日 08:38

 

人も組織も、社会である外部の資源を、社会である外部の価値に
変換する経済連鎖の一つの環です。
仏教の<無我>とは<相互依存>のことであり、人も組織も
ネットワークの連鎖でつながっている。
それがサプライチェーン(供給連鎖)であり、そのイメージを
表現した球形の網の結び目が宝石となっている 
「インドラの網(ネット)」は供給連鎖モデルと考えられます。
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                   第098回   
                            
    ★顧客の顧客まで誠をつくす仕事の連鎖★     
 ~P.F・ドラッカーの社会生態学的経済連鎖モデルが開く  
  人生・企業・社会の共通のフラクタル構造~      
◆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◆
 
   『我々の心は天地の心』
 
■こんにちは、今岡善次郎です。
 
この前の日曜日、
長男夫婦が3歳の孫連れて病院に面会に来てくれました。
 
レストランでコーヒーを飲み、テレビアニメのヒーローの
モノマネする孫の仕草に心やすらぎました。
 
病棟へ妻を返し
その場を離れましたが、分かれ間際の反応が辛い。
 
また来るよ 去りゆく僕を 追いもせず
目の向く先は 虚空の片隅
 
以前の「もっといてよ」という表情が無くなった。
 
さて、
●今週のテーマ
====================
1.我々の心は天地の心
2.売り手から買い手へ転換する
====================
 
1.我々の心は天地の心
 
■安岡正篤が語る
東洋の世界観は現代の科学的合理主義の脳で聞くと
少し違和感がありますが、
 
実は
ドラッカーが言っていることや
最近の脳科学者が言っていることと
通じることが多い。
 
「我々の心は天地の心である」
「天地が発して我々の心となっている」
 
天と言う社会と一人ひとりの人間の持つ心は
同じものであるという。
 
その意味わかりますか?
 
■考えてみれば
我々の日常生活において
個人も組織も社会も「心」という精神の領域が実は分かっていない。
 
個人も企業も政治組織も
金と物を中心に据えて日々の生活や仕事をしている。
 
「心」は
自分でも他人でも扱いにくい厄介な対象だと皆思っている。
 
■しかし「心」抜きには
金も物も得られない。
 
人生も企業も行政のマネジメントにおいて
「心」にしっかりと向き合うことが成果をあげるために
不可欠です。
 
安岡によると東洋の人間学では、
人間の心は天地自然が人間を通じて創ったものであるという。
 
日本大学医学部 脳神経外科医の林成之先生によると
思考をする「知能」は「心」と一緒に機能し、
心を扱う脳神経群の発火現象として機能するようです。
 
 
そして又、理化学研究所の脳科学者 
藤井直敬先生によると
脳神経は自他の区別が厳密ではない。
ソーシャルブレーン(社会脳)として
個人の脳内も社会である多くの人の脳も
多層ネットワーク構造でつながっているようだと。
 
 
■従って、
人も社会も元は1つの多層(フラクタル)な脳であり、
自分だけで個として存在しているのではない。
 
心を介在させて人と人、組織と組織のネットワークの連鎖の中で
生きていると考えられます。
 
「我々の心は天地の心」は
顧客の顧客・・・という
「顧客の連鎖」を連想させてくれます。
 
 
2.売り手から買い手へ
 
■ドラッカーによると、
近代科学の常識は合理性、効率性の追求にあり、
そのための専門家重視であったが、
それが変わろうとしています。
 
企業も政府機関も病院も介護施設も
提供側である売り手に知識があり技術があり主導権があったが
今は需要側である買い手に主導権が移行しつつあると。
 
■近代的合理性では
専門家を集め、集中させ、計画させ、作り、提供した方が
効率的であると考えます。
 
企業では本社のスタッフが企画して現場はそれに従う。
行政は中央官僚が立案し地方の現場は実行する。
病院では医師が絶対的権威を持ち、看護士や介護士、患者や家族は
受け入れる。
 
その方が正しく効率的だとみられてきました。
 
■ところが今起こっている変化は効率やコストを重視する
マネジメントではなく、
 
一人ひとりの顧客にとって、市民にとって、
患者にとって、家族にとって
人間として大事なものは何か、
何が重要かという当たり前の問いが問われる時代に
戻りつつあります。
 
そして
知識が供給者である専門家だけのものではなく、
誰でも入手できるようになりました。
 
顧客は、市民は、患者は、患者家族は
専門家の権威の前でただ黙って選択するしかない時代ではない。
 
民主党の事業仕分けを見ても、
国民の代表でもる素人の問いかけに対して
行政の専門家の対応を見ても分かります。
 
認知症の介護のノウハウも成功失敗事例も含めて
ネットでも書籍でもあふれています。
 
患者家族は介護医療の専門家と一緒に考える。
メーカーは消費者と一緒に製品を開発する。
市民は行政に参加する。
 
■今は、供給者が売り手であることをやめ、
需要者のための買い手にならなければならなくなったと
ドラッカーは言います。
 
繁盛している店は
客への売り手ではなく、客のための買い手である。
客に何を売ろうかではなく、
客は何が欲しいかを
考えて仕入れる買い手である。
 
私にとって自戒すべきことは、
学生に何を教えるかではなく、
学生はどんな問題を抱えているかの聞き手
となることである。
 
コンサルティングの顧客に
自説のサプライチェーンマネジメント原理を売りことではなく、
仕事の現場の問題やマネジメントの課題の聞き手
になることである。
 
本日もメルマガ読んで頂きありがとうございます。
 
今岡善次郎
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株式会社ビジダイン
http://www.bizdyn.jp/
東京農工大大学院客員教授
多摩大学大学院客員教授
http://www.tuat.ac.jp/~rmmot/about/prof/imaoka.html
http://tgs.tama.ac.jp/modules/teacher/index.php?fct=photo&p=33
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部分である人は人との関係でしか存在しない。仕事の場で人は組織
の関係でしか、存在しない。どんな専門も他の専門との連携でしか
仕事の成果を生まない。企業は社会との関係でしか存在しない。
科学的管理が説く、外部は単なる環境ではなく、
企業は社会の一部である。

自己内面の至上命令

2010年4月11日 20:50

 

人も組織も、社会である外部の資源を、社会である外部の価値に
変換する経済連鎖の一つの環です。
仏教の<無我>とは<相互依存>のことであり、人も組織も
ネットワークの連鎖でつながっている。
それがサプライチェーン(供給連鎖)であり、そのイメージを
表現した球形の網の結び目が宝石となっている 
「インドラの網(ネット)」は供給連鎖モデルと考えられます。
◆━━━今岡善次郎のマネジメント・メルマガ━━━━━◆
                   第096回   
                            
    ★顧客の顧客まで誠をつくす仕事の連鎖★     
 ~P.F・ドラッカーの社会生態学的経済連鎖モデルが開く  
  人生・企業・社会の共通のフラクタル構造~      
◆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◆
 
   『自己内面の至上命令』
 
■こんにちは、今岡善次郎です。
 
最近話題の青春小説、
「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの
『マネジメント』を読んだら」(岩崎夏海著、ダイヤモンド社)
はドラッカーは企業の経営の道具ではなく、
クラブ活動、PTA、町内会、学校教育、難病患者家族会など
どんな組織でも使える道具であることが分かります。
 
私がこのメルマガで訴えたかったこと
知的戦略や論理思考のビジネススクールとは違って
人間の特質に基盤を置いているマネジメントの道具であること
と同じです。
 
人気や利益や自己満足ではなく、
人のために尽くす真摯さがマネジメントの原動力であること。
 
だけど小説の女子マネジャーにできたことが、
私を含めて現代文明に浸かっている凡人には簡単ではない。
精進が必要です。
 
さて、
 
●今週のテーマ
====================
1.自己内面の至上命令
2.知識社会を生きる
====================
 
1.自己内面の至上命令 
 
■我々人間の心の根底には
たとえどんなことがあっても、
屈せず、飽きず、努力し、精進するように
できている。
 
それは内面の至上命令であり、
そのためにいかに行動すべきか
いかなる心情を持つべきか
自覚を持たなければならない。
 
これは儒教の人間学だそうです。
 
■しかし、
人間の脳は外界からの刺激によって簡単に書き換えられてしまう。
 
殆どの人は
与えられた環境の中で自己保存の本能に従って
安易な人生に流されてしまう。
 
そして自由競争、生存競争の中で
勝ち負けがはっきりすると
敗者は簡単に人生に望みを無くしてしまう。
 
最後は敗者も勝者も悲劇に巻き込まれる。
 
■儒教と
その流れにある陽明学などの東洋哲学で
人生を切り開いた人物達によると、
人は闘病生活、浪人生活、投獄生活の
どれか一つを乗り越えると
自己の内面の至上命令に従って
天命に目覚めることができると言う。
 
そして、
 
天を相手にし、
己を尽くし、
人を咎(とが)めず、
我が誠の足らざるを尋(たず)ぬべし
という西郷隆盛の心境になれると。
 
■昔の人は
この内面の至上命令のことを
天命と言った。
 
天命に目覚める人間の特質を
「徳」と言った。
 
そして誰にも明らかに存在する人間の特質だから
「明徳」と言った。
 
我々は学ぶ(ラーニング)ことは知識を獲得すること
と思っているが、
実際は戦略や実践に向けて脳が活性化するために、
明徳を自覚し、ぶれない脳にすることを
「学問する」と言った。
 
今の言葉でいえば
生きていく上で正しく頭を洗脳することと
言っても良いですね。
 
 
2.知識社会を生きる
 
知識労働者なる言葉を初めて使ったのは
ドラッカーだった。
 
20世紀農業が産業の主役から降りたように
製造業が産業の主役ではなくなりつつある。
 
製造業でもモノづくりの現場を持たない
知識中心の仕事が多くなりつつあります。
 
小売りなどのサービス業では
肉体労働ではなく、接客など知恵と心を尽くす
「知識労働」になった。
 
■長い人類にとって
仕事と言えば肉体労働の時代が殆どだった
ことを考えれば
知識労働者中心の社会とは何か、
しっかり理解しなければなりません。
 
一人ひとりの知識労働者にとっての
人生のマネジメントについて、
知識労働者からなる組織のマネジメントついて、
知識労働者からなる社会のマネジメントについて、
 
まだ誰も正しく理解していないと
ドラッカーは21世紀に入った晩年になっても言っています。
 
■肉体労働の時代には
資本家対労働者、支配者対被支配者
という上下関係が組織の力学になっていた。
 
しかし、
知識社会では人と組織は対等の関係になる。
知識社会において専門知識は単独で役に立たないから
人は組織を必要とする。
又組織は知識を持つ人を必要とする。
 
知識に上下は無いから非階層社会となる。
 
知識労働者にとっては
階層社会の肉体労働者と違って
生計の手段として仕事を割り切ることが困難である。
 
だから状況により目標や計画を作りなおしたり
新しい行動を起こしたりする強い動機づけのエンジンが
必要になる。
 
精神的動機づけのエンジンは「金」以上に重要になった。
 
又非階層社会は、
年齢、男女、人種に関係なく知識が資源となる社会であるので
敗者と勝者に分かれる競争社会でもある。
 
このような世の中において一人ひとりが
役割と位置付けを持って心の豊かさを実感できるように
するにはどうしたら良いか?
 
東洋の知である
「自己を尽くす」「仁をなす」「誠を尽くす」ことが
知識労働者の新しい動機付けになる。
 
カネではなく社会に貢献することで喜びを感じられる
人材が増えること大事ですね。
 
本日もメルマガ読んで頂きありがとうございます。
 
今岡善次郎
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多摩大学大学院客員教授
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http://tgs.tama.ac.jp/modules/teacher/index.php?fct=photo&p=33
----------------------------------------------------------------
部分である人は人との関係でしか存在しない。仕事の場で人は組織
の関係でしか、存在しない。どんな専門も他の専門との連携でしか
仕事の成果を生まない。企業は社会との関係でしか存在しない。
科学的管理が説く、外部は単なる環境ではなく、
企業は社会の一部である。
人も組織も、社会である外部の資源を、社会である外部の価値に
変換する経済連鎖の一つの環です。
仏教の<無我>とは<相互依存>のことであり、人も組織も
ネットワークの連鎖でつながっている。
それがサプライチェーン(供給連鎖)であり、そのイメージを
表現した球形の網の結び目が宝石となっている 
「インドラの網(ネット)」は供給連鎖モデルと考えられます。
◆━━━今岡善次郎のマネジメント・メルマガ━━━━━◆
                   第096回   
                            
    ★顧客の顧客まで誠をつくす仕事の連鎖★     
 ~P.F・ドラッカーの社会生態学的経済連鎖モデルが開く  
  人生・企業・社会の共通のフラクタル構造~      
◆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◆
 
   『自己内面の至上命令』
 
■こんにちは、今岡善次郎です。
 
最近話題の青春小説、
「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの
『マネジメント』を読んだら」(岩崎夏海著、ダイヤモンド社)
はドラッカーは企業の経営の道具ではなく、
クラブ活動、PTA、町内会、学校教育、難病患者家族会など
どんな組織でも使える道具であることが分かります。
 
私がこのメルマガで訴えたかったこと
知的戦略や論理思考のビジネススクールとは違って
人間の特質に基盤を置いているマネジメントの道具であること
と同じです。
 
人気や利益や自己満足ではなく、
人のために尽くす真摯さがマネジメントの原動力であること。
 
だけど小説の女子マネジャーにできたことが、
私を含めて現代文明に浸かっている凡人には簡単ではない。
精進が必要です。
 
さて、
 
●今週のテーマ
====================
1.自己内面の至上命令
2.知識社会を生きる
====================
 
1.自己内面の至上命令 
 
■我々人間の心の根底には
たとえどんなことがあっても、
屈せず、飽きず、努力し、精進するように
できている。
 
それは内面の至上命令であり、
そのためにいかに行動すべきか
いかなる心情を持つべきか
自覚を持たなければならない。
 
これは儒教の人間学だそうです。
 
■しかし、
人間の脳は外界からの刺激によって簡単に書き換えられてしまう。
 
殆どの人は
与えられた環境の中で自己保存の本能に従って
安易な人生に流されてしまう。
 
そして自由競争、生存競争の中で
勝ち負けがはっきりすると
敗者は簡単に人生に望みを無くしてしまう。
 
最後は敗者も勝者も悲劇に巻き込まれる。
 
■儒教と
その流れにある陽明学などの東洋哲学で
人生を切り開いた人物達によると、
人は闘病生活、浪人生活、投獄生活の
どれか一つを乗り越えると
自己の内面の至上命令に従って
天命に目覚めることができると言う。
 
そして、
 
天を相手にし、
己を尽くし、
人を咎(とが)めず、
我が誠の足らざるを尋(たず)ぬべし
という西郷隆盛の心境になれると。
 
■昔の人は
この内面の至上命令のことを
天命と言った。
 
天命に目覚める人間の特質を
「徳」と言った。
 
そして誰にも明らかに存在する人間の特質だから
「明徳」と言った。
 
我々は学ぶ(ラーニング)ことは知識を獲得すること
と思っているが、
実際は戦略や実践に向けて脳が活性化するために、
明徳を自覚し、ぶれない脳にすることを
「学問する」と言った。
 
今の言葉でいえば
生きていく上で正しく頭を洗脳することと
言っても良いですね。
 
 
2.知識社会を生きる
 
知識労働者なる言葉を初めて使ったのは
ドラッカーだった。
 
20世紀農業が産業の主役から降りたように
製造業が産業の主役ではなくなりつつある。
 
製造業でもモノづくりの現場を持たない
知識中心の仕事が多くなりつつあります。
 
小売りなどのサービス業では
肉体労働ではなく、接客など知恵と心を尽くす
「知識労働」になった。
 
■長い人類にとって
仕事と言えば肉体労働の時代が殆どだった
ことを考えれば
知識労働者中心の社会とは何か、
しっかり理解しなければなりません。
 
一人ひとりの知識労働者にとっての
人生のマネジメントについて、
知識労働者からなる組織のマネジメントついて、
知識労働者からなる社会のマネジメントについて、
 
まだ誰も正しく理解していないと
ドラッカーは21世紀に入った晩年になっても言っています。
 
■肉体労働の時代には
資本家対労働者、支配者対被支配者
という上下関係が組織の力学になっていた。
 
しかし、
知識社会では人と組織は対等の関係になる。
知識社会において専門知識は単独で役に立たないから
人は組織を必要とする。
又組織は知識を持つ人を必要とする。
 
知識に上下は無いから非階層社会となる。
 
知識労働者にとっては
階層社会の肉体労働者と違って
生計の手段として仕事を割り切ることが困難である。
 
だから状況により目標や計画を作りなおしたり
新しい行動を起こしたりする強い動機づけのエンジンが
必要になる。
 
精神的動機づけのエンジンは「金」以上に重要になった。
 
又非階層社会は、
年齢、男女、人種に関係なく知識が資源となる社会であるので
敗者と勝者に分かれる競争社会でもある。
 
このような世の中において一人ひとりが
役割と位置付けを持って心の豊かさを実感できるように
するにはどうしたら良いか?
 
東洋の知である
「自己を尽くす」「仁をなす」「誠を尽くす」ことが
知識労働者の新しい動機付けになる。
 
カネではなく社会に貢献することで喜びを感じられる
人材が増えること大事ですね。
 
本日もメルマガ読んで頂きありがとうございます。
 
今岡善次郎
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東京農工大大学院客員教授
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部分である人は人との関係でしか存在しない。仕事の場で人は組織
の関係でしか、存在しない。どんな専門も他の専門との連携でしか
仕事の成果を生まない。企業は社会との関係でしか存在しない。
科学的管理が説く、外部は単なる環境ではなく、
企業は社会の一部である。
 

天を相手とする

2010年4月 6日 09:23

 

人も組織も、社会である外部の資源を、社会である外部の価値に
変換する経済連鎖の一つの環です。
仏教の<無我>とは<相互依存>のことであり、人も組織も
ネットワークの連鎖でつながっている。
それがサプライチェーン(供給連鎖)であり、そのイメージを
表現した球形の網の結び目が宝石となっている 
「インドラの網(ネット)」は供給連鎖モデルと考えられます。
◆━━━今岡善次郎のマネジメント・メルマガ━━━━━◆
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    ★顧客の顧客まで誠をつくす仕事の連鎖★     
 ~P.F・ドラッカーの社会生態学的経済連鎖モデルが開く  
  人生・企業・社会の共通のフラクタル構造~      
◆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◆
 
   『天を相手とする』
 
■こんにちは、今岡善次郎です。
 
前に日曜日、春の晴天に恵まれ、
久しぶりに病棟から庭に妻を連れ出しました。
 
弱りゆく 歩く力に 気は沈む
脇を抱えて 後ろ歩きに
 
笑顔で応えてくれる。
未だ車椅子にしたくないな。
 
さて、
 
●今週のテーマ
====================
1.天を相手とする
2.第2の仕事・第2の人生
====================
 
1.天を相手とする 
 
■一人ひとりの命は余りにも貴重である。
 
他人の意向で人生が支配されるのではなく、
天を相手に努力せよと、
安岡正篤は言います。
 
命を正しく解して、
自ら省みて人をとがめず、
棺を覆うてこと定まる。
 
人生を終えるとき
自分の命を大事にしたかどうか分かる。
 
■明治維新の推進した西郷隆盛も
 
人を相手にせず、天を相手にせよ、
と言った。
 
天に仕えるこの姿勢は
現代の言葉でいえば
 
利害が錯綜した状況では
他人に左右されることなく、社会のために
何が正しいか自分の内面を突き詰めて考えよ、
ということでしょう。
 
そのためには
我々凡人は
ぶれない心(脳)を鍛えなくてはいけない。
 
■ナチス親衛隊員であったアドルフ・アイヒマンは
数百万人のユダヤ人虐殺を計画して実行する責任者だった。
 
しかしその人物は、
どこにでもいる銀行マンのような平凡な男だったそうです。
 
「私は命令に従っただけだ」
「一人の死は悲劇だが集団の死は数字に過ぎない」
と言った。
 
人間の心(脳)は生きている社会で他人によって
簡単に書き換えられてしまう。
 
■人に左右されない心(脳)ぶれない心(脳)を
正しく脳神経に焼き付けることが必要です。
 
「天を相手とせよ」と
自分の脳に繰り返し言い聞かせる。
 
生きていく上で
心のムダをとる心の工夫ですね。
 
 
2. 第2の仕事・第2の人生
 
社会生態学者としてのドラッカーは
次の社会の一人ひとりの働き方は
大きくは2つの変化によって
影響を受けると言っています。
 
若年人口の減少と高年齢者の増加という人口構造の変化
製造業の農業化という産業構造の変化
 
■組織の寿命が短くなっている中で
人の寿命は長くなっている。
1つの仕事を1つの組織で50年も続けることはできない。
 
又、
1万年以上も社会を支配していた農業が
20世紀には力を失ったように
製造業が社会の支配力を失っている。
 
■所属する組織が安泰でなくなる。
仕事のための技能や知識が比較的画一であった製造業が
多様な産業に細分化される。
 
人は長寿になる中で
仕事に必要なスキルは何か分からなくなる。
 
一方、
年金と言う公的制度に依存して暮らせる保証は乏しい。
 
だが、
高齢となる知識労働者も働くことをやめるわけにはいかない。
 
■第2の仕事、第2の人生を
どう設計するかが今後最大のテーマになる。
 
過去の価値観や過去の仕事観では生きていけない。
仕事をするには顧客が必要です。
 
すなわち、喜ばせる相手が必要です。
つまり困っている人が必要です。
 
第2の仕事・第2の人生をどうするか困る人が
ますます増える。
 
すると、
第2の仕事・第2の人生を手助けする仕事の
需要が増え、手助けする仕事が増える。
 
このような年齢や性別に関係なく、
仕事の連鎖を作れば
モノに頼らないで人生を楽しむ社会が出来る。
 
モノもサービスも経済連鎖のネットワークで
一人ひとりの人間、1つ1つの組織が
1つの環となって相互に助け合う。
 
古人は
「一隅を照らす」と言っていました。
 
 
 
 
本日もメルマガ読んで頂きありがとうございます。
 
今岡善次郎
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株式会社ビジダイン
http://www.bizdyn.jp/
東京農工大大学院客員教授
多摩大学大学院客員教授
http://www.tuat.ac.jp/~rmmot/about/prof/imaoka.html
http://tgs.tama.ac.jp/modules/teacher/index.php?fct=photo&p=33
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部分である人は人との関係でしか存在しない。仕事の場で人は組織
の関係でしか、存在しない。どんな専門も他の専門との連携でしか
仕事の成果を生まない。企業は社会との関係でしか存在しない。
科学的管理が説く、外部は単なる環境ではなく、
企業は社会の一部である。
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