2009年12月 8日 19:34
人も組織も、社会である外部の資源を、社会である外部の価値に
変換する経済連鎖の一つの環です。
仏教の<無我>とは<相互依存>のことであり、人も組織も
ネットワークの連鎖でつながっている。そのイメージを
表現した、球形の網の結び目が宝石となっているのが
「インドラの網(ネット)」
◆━━━今岡善次郎のマネジメント・メルマガ━━━━━◆
第078回
★顧客の顧客まで誠をつくす仕事の連鎖★
~
P.F・ドラッカーの社会生態学的経済連鎖モデルが開く 人生・企業・社会の共通のフラクタル構造~
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『未練や執着を断つ』
■こんにちは、今岡善次郎です。
今日11月18日も
メルマガお読み頂きありがとうございます。
私の住んでいるマンションは青梅街道に沿っていて
そのイチョウ並木は未だ濃い緑を残したままですが、
妻が入院している浴風会病院のイチョウは
金色に輝いています。
秋から冬への変わり目でしょうか。
時は流れていきます。
さて、
●今週のテーマ
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1.未練や執着を断つ
2.無人の山中で木が倒れた時、音はするか?
1.未練や執着を断つ
以前、孔子はどんな人だったか、
という話をしました。
■ところで本メルマガで紹介している
安岡正篤という人はどんな人だったか。
世人は右翼思想家だったとか、
晩年は細木和子の亭主だったとか、
一般の人に知られているのはその程度というのは
残念ですね。
■安岡は、
煩悩に悩む多数の事業家や政治家に多くの影響を与えています。
東洋の知恵、人間学を現代の日本人に伝えています。
そして未練や執着を断つ修行をして、
仕事や政治をする人間の心の在り方について
考えるきっかけを多くの人に与えた。
私も還暦過ぎて影響を受けています。
ドラッカーも、仕事人や政治家の心の置き方を
考えさせた。
■安岡は、
宇宙人生を直視したいと、座禅を行じた。
調息(呼吸法)を修行した。
しかし、そんなことしながらも、
それがどうした。
いつも煩悩の身に還った。
少し難しいですが、こんな格調高い文章で
修行の身を語っています。
「十方諸仏の青蓮(しょうれん)の瞳と
無間地獄の魔王(まおう)の瞳が
一団の聖火となって、身を焼くように覚えた」
何か崇高な使命の燃えようとしながらも
煩悩が邪魔をするのを何とかしたいと
もがく姿勢がいいですね。
■欧米の思想家は、孤高の哲人のようですが、
安岡は凡人の弱いところも自然体で露わにする。
私的欲望を持つ自分と
大自然である社会の中で役割と位置付けを大切にしたい自分
その葛藤の中で修行する姿勢が
我々凡人には理解しやすい。
現在のような、
市場経済主義の社会から人間第一主義の社会への移行が
重要視されつつあるとき、
「煩悩と執着を断つ」修行は
我々の重要な課題ですね。
2.無人の山中で木が倒れた時、音はするか?
コミュニケーションは組織論の主要テーマですね。
如何にうまくプレゼンテーションするか。
人の話をしっかり聞くには。
ほとんどの組織にとって関心事です。
■多くのコミュニケーション論は
如何に情報を伝えるかに焦点が当たっているが、
コミュニケーションは情報ではない、と
ドラッカーは言います。
コミュニケーションが情報伝達ではないとすれば
一体何か?
■「無人の山中で木が倒れた時、果たして音はするか?」
という問いが宗教にあるそうです。
仏教にも、イスラム教にも、この問いで
真実に迫る修行があると。
答えは、
「音はしない」です。
何故か?
誰かが聞かないかぎり音はしないのです。
すなわち、聞くものがいなければ、
コミュニケーションは成立しない。
■コミュニケーションは受け手が知覚しなければ成立しない。
ソクラテスは
「大工と話すときは大工の言葉を使え」と言ったそうです。
経験のない分野で話されても理解できない。
私も中国の流通業界の話を聞いた時、
何回も聞きなおして通訳から不満がでました。
日本語が堪能な通訳は、
他の中国人に対して、日本語能力が疑われていると
不快感を持ったようでした。
中国の業界用語に当てはめられた日本語は
私にとっては知覚できない音でしかなかったのです。
本日もメルマガ読んで頂きありがとうございます。
今岡善次郎
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株式会社ビジダイン
http://www.bizdyn.jp/
東京農工大大学院客員教授
多摩大学大学院客員教授
http://www.tuat.ac.jp/~rmmot/about/prof/imaoka.html
http://tgs.tama.ac.jp/modules/teacher/index.php?fct=photo&p=33
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部分である人は人との関係でしか存在しない。仕事の場で人は組織
の関係でしか、存在しない。どんな専門も他の専門との連携でしか
仕事の成果を生まない。企業は社会との関係でしか存在しない。
科学的管理が説く、外部は単なる環境ではなく、
企業は社会の一部である。