P.F・ドラッカーに学ぶ人生・起業・社会設計のすすめ|今岡善次郎のマネジメント・メルマガ

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人間は自然の存在である

2009年12月29日 15:00

 

人も組織も、社会である外部の資源を、社会である外部の価値に
変換する経済連鎖の一つの環です。
仏教の<無我>とは<相互依存>のことであり、人も組織も
ネットワークの連鎖でつながっている。そのイメージを
表現した、球形の網の結び目が宝石となっているのが
「インドラの網(ネット)」
 
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                   第081回   
                            
    ★顧客の顧客まで誠をつくす仕事の連鎖★     
 ~P.F・ドラッカーの社会生態学的経済連鎖モデルが開く  
  人生・企業・社会の共通のフラクタル構造~      
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   『人間は自然の存在である』
 
 
■こんにちは、今岡善次郎です。
 
今日12月9日も
メルマガお読み頂きありがとうございます。
 
私が仕事のテーマにして体系化したつもりの
ドラッカーで再体系化しようと考えました。
 
一応拙速で体系化して一年にネットでビジネスとして提供し始めて
1か月で中断しました。
 
なぜか。
ドラッカー自身がマネジメントを人間・組織・社会と俯瞰しながら
「未知なるものの体系化」が未完に終わった事実を知ったからです。
 
未熟な私にとって必要なことは
私自身の人生体験、コンサルティングや大学院の授業でその効果を実証し、
熟成する時間が必要と判断たからです。
 
体系化には「東洋の知」と「生命科学の知」が必要と考えています。
 
さて、
 
●今週のテーマ
====================
1.人間は自然の存在である
2.もう一人の自分への伝達
====================
 
1.人間は自然の存在である
 
■安岡によれば
 
人間は自然の存在である。
自然と切り離された被創造物ではない。
だから自然の法則に支配される。
 
自然の法則とはなにか?
 
■生命は自然現象であるとするならば、
 
分子生物学者 福岡伸一先生の
「動的平衡」の現象に従うはずですね。
 
すなわち、自然は無秩序に向かうエントロピー増大に
支配されている。
 
だから安岡によると、
人間は生命現象として精神生活が単調になると
物質の慣性・惰性と同じ支配を受けて
エネルギー活動が鈍ってくる。
 
人間はつまらなくなってくる。
 
どんな会社でも
製品も技術も経営も時とともに陳腐化する。
 
 
■福岡伸一先生によると、
生命は「動的平衡」という破壊と新生のバランス(平衡)
によってエントロピー増大に抗している。
 
絶えず廃棄しつつ取り入れて再生する。
 
体を構成している細胞の物質は入れ換わっている。
 
100年以上存続している会社はたくさんあるが、
会社の社員は入れ替わっている。
巨人も阪神も毎年選手は入れ替わっているがチームカラーは
変わらない。
 
■エントロピー増大に抗して
生命を活発化するには入れ替えが必要である。
 
安岡によれば、つまらないことを忘れ、
新しく良い師、良い友、人間を学び、
新しい精神的エネルギーをもつことだそうです。
 
仕事も人生も、何かを捨て何かを取り入れることが
自然の存在としての人間が生命を
活発化させる手段かもしれませんね。
 
 
2.もう一人の自分への伝達
 
■売り手と買い手、
部下と上司、
医師と患者、
政治家と市民、
 
これらの製品やサービスの供給者と需要者の間で
両者が満足できるかどうか。
すなわち、
仕事がうまくいくかどうかは
コミュニケーションが上手いか下手かによります。
 
 
■ところがこれらの製品やサービスの
供給者と需要者の真のコミュニケーションは
簡単ではない。
 
売る者が考える価値と買う者が期待する価値が一致することも、
部下の仕事と上司が期待する仕事が同じことも稀であると、
ドラッカーは言います。
 
■コミュニケーションにおいて
通常、
人と人は同じ事実をそれぞれ違うように見ている、と。
 
人はそれぞれの価値観で期待するものだけを知覚する。
 
だから相互の知覚の違いを明らかにしなくてはならない。
 
■マーケティングでは売り手が買い手の
知覚を理解することであり、
 
目標管理における自己管理は上司と部下が相手の
知覚を理解することである。
 
顧客の置かれた立場を理解する供給者、
上司が置かれた立場を理解する部下、
患者が置かれた立場を理解する医療従事者、
 
すなわち相手の立場にどれだけ思いを馳せるか。
 
成功するコミュニケーションとは
「我々のなかのひとりから我々のなかのもうひとりへの伝達」
である。
 
ドラッカーの名言です。
 
本日もメルマガ読んで頂きありがとうございます。
 
今岡善次郎
 
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株式会社ビジダイン
http://www.bizdyn.jp/
東京農工大大学院客員教授
多摩大学大学院客員教授
http://www.tuat.ac.jp/~rmmot/about/prof/imaoka.html
http://tgs.tama.ac.jp/modules/teacher/index.php?fct=photo&p=33
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部分である人は人との関係でしか存在しない。仕事の場で人は組織
の関係でしか、存在しない。どんな専門も他の専門との連携でしか
仕事の成果を生まない。企業は社会との関係でしか存在しない。
科学的管理が説く、外部は単なる環境ではなく、
企業は社会の一部である。
 

東洋思想とドラッカー

2009年12月22日 10:00

 

人も組織も、社会である外部の資源を、社会である外部の価値に
変換する経済連鎖の一つの環です。
仏教の<無我>とは<相互依存>のことであり、人も組織も
ネットワークの連鎖でつながっている。そのイメージを
表現した、球形の網の結び目が宝石となっているのが
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   『東洋思想とドラッカー』
 
 
■こんにちは、今岡善次郎です。
 
今日12月2日も
メルマガお読み頂きありがとうございます。
 
中国天津にしばらく出張しており、
妻の病院への面会が10日ぶりとなり、
洗濯物が大量に溜まりました。
 
そんなことより、少し症状が進んで笑顔などの反応が
弱くなったことに心が痛みました。
 
満面の笑顔の君が懐かしい
いつも明るく時には怖く
 
さて、
 
●今週のテーマ
====================
1.東洋思想とドラッカー
2.経験の共有が完全なるコミュニケーション
====================
 
1.東洋思想とドラッカー
 
■安岡によれば
 
「三国志」という中国の古典を読むと
神・仏・儒・道の東洋の宗教哲学、
すなわち人間学がわかるのだそうです。
 
■東洋の人間学をカビの生えた古臭い学問だという
人がいますが、
新渡戸稲造が明治時代に英語で書いた
「武士道」は欧米でベストセラーになった。
 
日本にはキリスト教がないのに
社会的規範がしっかりしているのは何故かと聞かれた
新渡戸の答えだった。
 
又日本的資本主義の父と言われている渋沢栄一
「論語と算盤」は
儒教と企業のマネジメントに関する思想で
ドラッカーが高く評価しています。
 
■欧米化した日本では死語になったセリフ
「あの人はできるけれど人徳がない」という人の評価は、
 
ドラッカーの
「真摯さより、頭の良さで人を評価してはならない」
と通じるところがあります。
 
■「三国志」では
「学んでこれを時習す」
(知識はその時々に応じて応用せよ)
 
これはドラッカーが
「成果を上げるものは仕事から入らないで時間から入る」
(その時々の時間に集中せよ)
と通じるものがあります。
 
どう思いますか?
 
 
2.経験の共有が完全なるコミュニケーション
 
以前、
情報とコミュニケーションは別物であると
ドラッカーの言葉を紹介しました。
 
情報は論理の対象であるが
コミュニケーションは知覚の対象であると。
 
そして、情報は形式的メカニズムであって人間的要素はないが、
コミュニケーションは知覚であり人間的行為である。
 
■情報には
感情、価値、期待、知覚と言った
人間的要素は入れないほうがいい。
 
家電のリモコンやパソコンの操作に感情を入れると
信頼性は心もとない。
人間的要素が入ると信頼性が落ちる。
 
情報とは単に記号である。
 
■コミュニケーションには情報を必ずしも必要としない。
 
いかなる論理の裏付けも無しに
経験を共有している時こそ、
完全なるコミュニケーションが可能であると。
 
アルツハイマー患者家族会の会員同士のコミュニケーションは
医療や介護の専門職の情報とは違う心の支えになります。
 
■経営コンサルタントとして成果を上げるには
知識や理論ではないことが最近になって
つくづく分かります。
 
現場現物現実を見て、現場で仕事する人にインタビューして初めて
その会社で使っている言葉がわかる。
 
ある意味で疑似体験をしなければ経営問題は把握できないと
この頃感じています。
 
  
本日もメルマガ読んで頂きありがとうございます。
 
今岡善次郎
 
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部分である人は人との関係でしか存在しない。仕事の場で人は組織
の関係でしか、存在しない。どんな専門も他の専門との連携でしか
仕事の成果を生まない。企業は社会との関係でしか存在しない。
科学的管理が説く、外部は単なる環境ではなく、
企業は社会の一部である。
 

心の奥に喜びを持つ

2009年12月14日 07:42

 

人も組織も、社会である外部の資源を、社会である外部の価値に
変換する経済連鎖の一つの環です。
仏教の<無我>とは<相互依存>のことであり、人も組織も
ネットワークの連鎖でつながっている。そのイメージを
表現した、球形の網の結び目が宝石となっているのが
「インドラの網(ネット)」
 
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   『心の奥に喜びを持つ』
 
■こんにちは、今岡善次郎です。
 
今日11月25日も
メルマガお読み頂きありがとうございます。
 
今週も中国天津にいます。
本原稿は前週に発行予約してお届けしています。
 
民主党の事業仕分けによる予算カット
公開処刑などと批判している人もいますが、
 
5億円の補助金を出す公益事業に天下りの官僚の給料が
5億円で10億円の予算が付いていることが国民にばれましたね。
 
さて、
 
●今週のテーマ
====================
1.心の奥に喜びを持つ
2.人は期待しているものだけ知覚する
====================
 
 
1.心の奥に喜びを持つ
 
 
■安岡の言葉を紹介すれば、
 
「心中常に喜神を含む」ことが
日常の修行の心構えとして重要だそうです。
 
喜神とは心の奥に喜びを持つことだそうです。
 
 
■たとえ、
人に批判されて怒りたいとき時でも
又何かに失敗して落ち込んだりした時でも、
 
「自分を反省し鍛錬する転機である」
 
「これで人間ができていく、ありがたい」
と感じるようになることのようです。
 
■ドラッカーによると
仕事で成果を上げる人間は、
 
頭がよく仕事から入る人間ではなく
時間から入り、
反省する(フィードバックをかける)人間だと
 
言っています。
 
■喜神を持つ(心に喜びを持つ)こと、
どんなことがあっても理屈で言い訳しないで楽しめること。
 
天地の法則に従って生命が躍動する。
 
仕事で成果を上げるために
人生のマネジメントのために
楽しんでフィードバック(軌道修正)できる心を持つ。
 
失敗によって自分の能力不足を嘆いたりすることなく、
心中喜神を持って
自分の欠点を直し修行を積む。
 
心にしっかり落とし込みたいメッセージですね。
 
 
2.人は期待しているものだけ知覚する
 
人は何回同じことを聞いても、
聞いていないことが多い。
 
■ドラッカーによると、
我々は「知覚することを期待しているものだけを知覚する」
そうです。
 
期待していないものは反発を受ける。
 
それだけではない。
期待していないものは見えもしないければ聞こえもしない。
無視される。
あるいは間違って見られ、間違って聞かれる。
 
■期待に反していることを伝えなければならないときには
どうしたらいいか。
 
常識と思われることを断ち切ることが必要になる。
 
一種のショックを与える必要がある。
 
■そして伝える側は自分が伝えたいものをどう表現するか
と同時に、
相手が何を期待しているかも知らねばならない。
 
期待に反していることを伝えるときには、
受け手に全面降伏を要求しなければならない時もあると
ドラッカーは教えてくれます。
 
  
本日もメルマガ読んで頂きありがとうございます。
 
今岡善次郎
 
 
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の関係でしか、存在しない。どんな専門も他の専門との連携でしか
仕事の成果を生まない。企業は社会との関係でしか存在しない。
科学的管理が説く、外部は単なる環境ではなく、
企業は社会の一部である。
 
 

未練や執着を断つ

2009年12月 8日 19:34

 

人も組織も、社会である外部の資源を、社会である外部の価値に
変換する経済連鎖の一つの環です。
仏教の<無我>とは<相互依存>のことであり、人も組織も
ネットワークの連鎖でつながっている。そのイメージを
表現した、球形の網の結び目が宝石となっているのが
「インドラの網(ネット)」
 
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   『未練や執着を断つ』
 
 
■こんにちは、今岡善次郎です。
 
今日11月18日も
メルマガお読み頂きありがとうございます。
 
私の住んでいるマンションは青梅街道に沿っていて
そのイチョウ並木は未だ濃い緑を残したままですが、
妻が入院している浴風会病院のイチョウは
金色に輝いています。
 
秋から冬への変わり目でしょうか。
時は流れていきます。
 
さて、
 
●今週のテーマ
====================
1.未練や執着を断つ
2.無人の山中で木が倒れた時、音はするか?
 
1.未練や執着を断つ
 
以前、孔子はどんな人だったか、
という話をしました。
 
■ところで本メルマガで紹介している
安岡正篤という人はどんな人だったか。
 
世人は右翼思想家だったとか、
晩年は細木和子の亭主だったとか、
一般の人に知られているのはその程度というのは
残念ですね。
 
■安岡は、
煩悩に悩む多数の事業家や政治家に多くの影響を与えています。
 
東洋の知恵、人間学を現代の日本人に伝えています。
 
そして未練や執着を断つ修行をして、
仕事や政治をする人間の心の在り方について
考えるきっかけを多くの人に与えた。
私も還暦過ぎて影響を受けています。
 
ドラッカーも、仕事人や政治家の心の置き方を
考えさせた。
 
■安岡は、
宇宙人生を直視したいと、座禅を行じた。
調息(呼吸法)を修行した。
 
しかし、そんなことしながらも、
それがどうした。
 
いつも煩悩の身に還った。
 
少し難しいですが、こんな格調高い文章で
修行の身を語っています。
 
「十方諸仏の青蓮(しょうれん)の瞳と
無間地獄の魔王(まおう)の瞳が
一団の聖火となって、身を焼くように覚えた」
 
何か崇高な使命の燃えようとしながらも
煩悩が邪魔をするのを何とかしたいと
もがく姿勢がいいですね。
 
■欧米の思想家は、孤高の哲人のようですが、
安岡は凡人の弱いところも自然体で露わにする。
 
私的欲望を持つ自分と
大自然である社会の中で役割と位置付けを大切にしたい自分
 
その葛藤の中で修行する姿勢が
我々凡人には理解しやすい。
 
現在のような、
市場経済主義の社会から人間第一主義の社会への移行が
重要視されつつあるとき、
 
「煩悩と執着を断つ」修行は
我々の重要な課題ですね。
 
 
2.無人の山中で木が倒れた時、音はするか?
 
コミュニケーションは組織論の主要テーマですね。
 
如何にうまくプレゼンテーションするか。
人の話をしっかり聞くには。
 
ほとんどの組織にとって関心事です。
 
■多くのコミュニケーション論は
如何に情報を伝えるかに焦点が当たっているが、
コミュニケーションは情報ではない、と
ドラッカーは言います。
 
コミュニケーションが情報伝達ではないとすれば
一体何か?
 
■「無人の山中で木が倒れた時、果たして音はするか?」
という問いが宗教にあるそうです。
仏教にも、イスラム教にも、この問いで
真実に迫る修行があると。
 
答えは、
「音はしない」です。
 
何故か?
 
誰かが聞かないかぎり音はしないのです。
 
すなわち、聞くものがいなければ、
コミュニケーションは成立しない。
 
■コミュニケーションは受け手が知覚しなければ成立しない。
 
ソクラテスは
「大工と話すときは大工の言葉を使え」と言ったそうです。
 
経験のない分野で話されても理解できない。
 
私も中国の流通業界の話を聞いた時、
何回も聞きなおして通訳から不満がでました。
 
日本語が堪能な通訳は、
他の中国人に対して、日本語能力が疑われていると
不快感を持ったようでした。
 
中国の業界用語に当てはめられた日本語は
私にとっては知覚できない音でしかなかったのです。
 
 
  
本日もメルマガ読んで頂きありがとうございます。
 
今岡善次郎
 
 
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企業は社会の一部である。
 

名声と富は悪酒

2009年12月 1日 07:56

 

人も組織も、社会である外部の資源を、社会である外部の価値に
変換する経済連鎖の一つの環です。
仏教の<無我>とは<相互依存>のことであり、人も組織も
ネットワークの連鎖でつながっている。そのイメージを
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                   第077回   
                            
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   『名声と富は悪酒』
 
 
■こんにちは、今岡善次郎です。
 
今日11月11日も
メルマガお読み頂きありがとうございます。
 
「離れ行く 君のおもかげ 引き戻す 週二回の 面会の時」
 
在宅介護で24時間365日
いつも一緒に面倒みる数年の生活から入院させて、
仕事に復帰した今、
妻のことを忘れる時間が多くなりました。
 
職業人として生きる上で介護者であることを
心の錨にしようと思っています。
 
さて、
 
●今週のテーマ
====================
1.名声と富は悪酒に等しい
2.意思決定の勇気
 
1.名声と富は悪酒に等しい
 
若き日のドラッカーが、
80歳になってオペラの名曲を生み続けるヴェルデイに
感銘した話を以前メルマガで紹介しました。
 
■21歳の若き安岡正篤も
 
清朝末期の動乱で清朝を救った哲人政治家、
曾国藩(そうこくはん)の
身の身に接し方に感銘を受けたそうです。
 
何に感銘を受けたか。
 
■曾国藩は功名と地位が上がるに従って
いよいよ慎み深く反省した。
 
「名前が売れ富貴を得ても、
自分の魂に何物も与えるものではない」と
言った。
 
■曾国藩は早朝の大気の中で朝日に対して静坐した。
 
静坐は私欲を去り、
天と一体化するために欠かせない
東洋の知恵である。
 
自己に徹することで、
自分の生命は大自然とのつながりのなかで
大自然である社会の中で活かされると認識した。
 
■我々凡人は、
名声と富を手にすることを求め、
それらが得られると幸せになると考える。
 
ヴェルデイもドラッカーも
曾国藩も安岡正篤も
そんな凡人ではなかった。
 
功名を博し、富貴に坐すること、
すなわち名声を得と財産を得ることは、
悪酒と同じで悪酔いするだけだと。
 
■人間の本質は、
大自然である社会とつながりのなかで
社会に貢献する行為こそが
自分の魂に喜びが得られるのだそうです。
 
私など、名声も富もないけど、
 
所詮名声と富は、
酒に酔ってその場の気分を高揚するだけで
持続的満足は得られないのだという
考え、わかるような気がしますね。
 
2.意思決定の勇気
 
どんな組織でも、家族や会社や政治までも、
決断するのは、トップだとしても
組織内のほとんどの人は
何らかの方法で、
意思決定のプロセスに参加しなければならなく
なっています。
 
■目的を設定したり状況を分析したり
やるべき方向性を決めたり
必要条件を洗いすことは終わったとします。
 
すなわち戦略は決まった。
 
■しかし、決定することは簡単ではない。
 
成果を上げる決定には痛みが伴う。
 
多くの決定は愉快ではなく、関係者の評判も良くない。
 
何かを見落としているかもしれないし、
どんなことが起こるか分からない。
 
心配や不安や気がかりなことが消えない。
 
■こんな時、ドラッカーは2つのことをアドバイスします。
 
1つは「もう一度調べよう」という誘惑に負けてはならない。
多くの場合決断力がないために時間を無駄にすることが多いと。
 
もう一つは相反するようにみえるが、
「決定を急いではならない」という。
内なる声に耳を傾けよと。
 
つまり、
可能な限り状況を把握しつつも慎重すぎてはいけないし、
内なる潜在意識の声も聞いて、
最後は「勇気」に頼らざるを得ないと。
 
  
本日もメルマガ読んで頂きありがとうございます。
 
今岡善次郎
 
 
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部分である人は人との関係でしか存在しない。仕事の場で人は組織
の関係でしか、存在しない。どんな専門も他の専門との連携でしか
仕事の成果を生まない。企業は社会との関係でしか存在しない。
科学的管理が説く、外部は単なる環境ではなく、
企業は社会の一部である。
 

無我の境地

2009年12月 1日 07:50

人も組織も、社会である外部の資源を、社会である外部の価値に
変換する経済連鎖の一つの環です。
仏教の<無我>とは<相互依存>のことであり、人も組織も
ネットワークの連鎖でつながっている。そのイメージを
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    ★顧客の顧客まで誠をつくす仕事の連鎖★     
 ~P.F・ドラッカーの社会生態学的経済連鎖モデルが開く  
  人生・企業・社会の共通のフラクタル構造~      
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   『無我の境地』
 
 
■こんにちは、今岡善次郎です。
 
今日11月4日も
メルマガお読み頂きありがとうございます。
 
気温が対前日に比べて10度以上変化する日々、
皆様、体調管理に気をつけてくださいね。
 
週末、すでにコート姿が主流の天津から帰国したら
日本は未だ半袖のTシャツ姿でした。
ところが月曜になると一転冬姿になりましたね。
 
さて、
 
●今週のテーマ
====================
1.無我にして一切受け入れる
2.半分の行動は誤りである
====================
 
1.無我にして一切受け入れる
 
■「六十にして耳順(した)がう」(論語)
とはどういう意味か?
安岡の解説を紹介します。
 
六十歳になって自我が確立し天命がわかると
私心、独断、偏見が無くなり、
すべてのことに無心に接することができる。
 
あらゆる存在を受容することができる、
 
■六十歳になると「俺が、俺が」という「我執」が消えて
あらゆる人の話を聞く余裕・素直さが出る。
 
これが耳順(じじゅん:みみしがたう)
 
の意味だそうです。
 
私も耳順の歳を越えてその境地になりたいと
考えますが、
一切を無心で受け入れることは難しいですね。
 
■六年前、
妻が若年性アルツハイマーと診断を聞いた時には
耳を疑った。
 
この病気の恐ろしさを調べるほどに現実を受け入れることが
できなかった。
 
■しかし、その後仕事もやめ、
自分のことではなく、
 
彼女の人生に思いを馳せ
彼女に精神寿命があるうちに、彼女の友人、親族に会わせようと
考える心の余裕が生まれました。
 
六十歳を過ぎた今は、週二回病院に面会に行き自然体で接し、
仕事に復帰して新しい人生を歩み始めています。
 
やはり「耳順」の歳でしょうか。
 
 
2.半分の行動は誤りである
 
前原大臣の羽田ハブ空港化発言で議論が持ち上がり、
日本の航空行政が
中央と地方政治家、利権などと絡み合い
妥協の積み重ねだったことが表面化しています。
 
成田と羽田、関空と伊丹をどうするか。
 
今までの行政の決定は、
その都度、「その決定は本当に必要か」と
正しく、問われてきたか?
 
ドラッカーは言います。
■必要な問いは、
「何もしないと何が起こるか」であり、
「何も起こらない」ならば何もしない方がいいと。
 
一方、その答えが
「事態が悪化する」
「機会が失われる」ならば
行動するしかない。
 
 
■優秀な外科医は不要な手術はしない。
下手な外科医は手術をしたがる。
 
何かを成す決定は
手術と同じである。
 
何もしなければ事態が悪化する場合、
何かをしなければ重要な機会が消滅する場合、
思い切った改革が必要である。
 
■多くの場合の失敗は半分だけ行動することである。
 
地方空港だけ整備してハブ空港は作らなかった。
 
地方経済はグローバル経済の一部になっている時、
国際空港と国内空港の一方だけの、
半分だけの別々の政策をとった。
 
多くの場合中途半端な妥協が行われる。
ガンや盲腸は半分だけ切除しても完治しない。
 
我々は人生のマネジメントにも企業のマネジメントにも
中途半端な妥協をしていることが多い。
 
半分の手術はない。
 
半分の行動は誤りである。
 
この考え方いかかでしょうか。
  
本日もメルマガ読んで頂きありがとうございます。
 
今岡善次郎
 
 
----------------------------------------------------------------
株式会社ビジダイン
http://www.bizdyn.jp/
東京農工大大学院客員教授
多摩大学大学院客員教授
http://www.tuat.ac.jp/~rmmot/about/prof/imaoka.html
http://tgs.tama.ac.jp/modules/teacher/index.php?fct=photo&p=33
----------------------------------------------------------------
部分である人は人との関係でしか存在しない。仕事の場で人は組織
の関係でしか、存在しない。どんな専門も他の専門との連携でしか
仕事の成果を生まない。企業は社会との関係でしか存在しない。
科学的管理が説く、外部は単なる環境ではなく、
企業は社会の一部である。
 
 
 
人も組織も、社会である外部の資源を、社会である外部の価値に
変換する経済連鎖の一つの環です。
仏教の<無我>とは<相互依存>のことであり、人も組織も
ネットワークの連鎖でつながっている。そのイメージを
表現した、球形の網の結び目が宝石となっているのが
「インドラの網(ネット)」
 
◆━━━今岡善次郎のマネジメント・メルマガ━━━━━◆
                   第076回   
                            
    ★顧客の顧客まで誠をつくす仕事の連鎖★     
 ~P.F・ドラッカーの社会生態学的経済連鎖モデルが開く  
  人生・企業・社会の共通のフラクタル構造~      
◆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◆
 
   『無我の境地』
 
 
■こんにちは、今岡善次郎です。
 
今日11月4日も
メルマガお読み頂きありがとうございます。
 
気温が対前日に比べて10度以上変化する日々、
皆様、体調管理に気をつけてくださいね。
 
週末、すでにコート姿が主流の天津から帰国したら
日本は未だ半袖のTシャツ姿でした。
ところが月曜になると一転冬姿になりましたね。
 
さて、
 
●今週のテーマ
====================
1.無我にして一切受け入れる
2.半分の行動は誤りである
====================
 
1.無我にして一切受け入れる
 
■「六十にして耳順(した)がう」(論語)
とはどういう意味か?
安岡の解説を紹介します。
 
六十歳になって自我が確立し天命がわかると
私心、独断、偏見が無くなり、
すべてのことに無心に接することができる。
 
あらゆる存在を受容することができる、
 
■六十歳になると「俺が、俺が」という「我執」が消えて
あらゆる人の話を聞く余裕・素直さが出る。
 
これが耳順(じじゅん:みみしがたう)
 
の意味だそうです。
 
私も耳順の歳を越えてその境地になりたいと
考えますが、
一切を無心で受け入れることは難しいですね。
 
■六年前、
妻が若年性アルツハイマーと診断を聞いた時には
耳を疑った。
 
この病気の恐ろしさを調べるほどに現実を受け入れることが
できなかった。
 
■しかし、その後仕事もやめ、
自分のことではなく、
 
彼女の人生に思いを馳せ
彼女に精神寿命があるうちに、彼女の友人、親族に会わせようと
考える心の余裕が生まれました。
 
六十歳を過ぎた今は、週二回病院に面会に行き自然体で接し、
仕事に復帰して新しい人生を歩み始めています。
 
やはり「耳順」の歳でしょうか。
 
 
2.半分の行動は誤りである
 
前原大臣の羽田ハブ空港化発言で議論が持ち上がり、
日本の航空行政が
中央と地方政治家、利権などと絡み合い
妥協の積み重ねだったことが表面化しています。
 
成田と羽田、関空と伊丹をどうするか。
 
今までの行政の決定は、
その都度、「その決定は本当に必要か」と
正しく、問われてきたか?
 
ドラッカーは言います。
■必要な問いは、
「何もしないと何が起こるか」であり、
「何も起こらない」ならば何もしない方がいいと。
 
一方、その答えが
「事態が悪化する」
「機会が失われる」ならば
行動するしかない。
 
 
■優秀な外科医は不要な手術はしない。
下手な外科医は手術をしたがる。
 
何かを成す決定は
手術と同じである。
 
何もしなければ事態が悪化する場合、
何かをしなければ重要な機会が消滅する場合、
思い切った改革が必要である。
 
■多くの場合の失敗は半分だけ行動することである。
 
地方空港だけ整備してハブ空港は作らなかった。
 
 
----------------------------------------------------------------
株式会社ビジダイン
http://www.bizdyn.jp/
東京農工大大学院客員教授
多摩大学大学院客員教授
http://www.tuat.ac.jp/~rmmot/about/prof/imaoka.html
http://tgs.tama.ac.jp/modules/teacher/index.php?fct=photo&p=33
----------------------------------------------------------------
部分である人は人との関係でしか存在しない。仕事の場で人は組織
の関係でしか、存在しない。どんな専門も他の専門との連携でしか
仕事の成果を生まない。企業は社会との関係でしか存在しない。
科学的管理が説く、外部は単なる環境ではなく、
企業は社会の一部である。
 
 
 
人も組織も、社会である外部の資源を、社会である外部の価値に
変換する経済連鎖の一つの環です。
仏教の<無我>とは<相互依存>のことであり、人も組織も
ネットワークの連鎖でつながっている。そのイメージを
表現した、球形の網の結び目が宝石となっているのが
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    ★顧客の顧客まで誠をつくす仕事の連鎖★     
 ~P.F・ドラッカーの社会生態学的経済連鎖モデルが開く  
  人生・企業・社会の共通のフラクタル構造~      
◆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◆
 
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■こんにちは、今岡善次郎です。
 
今日11月4日も
メルマガお読み頂きありがとうございます。
 
気温が対前日に比べて10度以上変化する日々、
皆様、体調管理に気をつけてくださいね。
 
週末、すでにコート姿が主流の天津から帰国したら
日本は未だ半袖のTシャツ姿でした。
ところが月曜になると一転冬姿になりましたね。
 
さて、
 
●今週のテーマ
====================
1.無我にして一切受け入れる
2.半分の行動は誤りである
====================
 
1.無我にして一切受け入れる
 
■「六十にして耳順(した)がう」(論語)
とはどういう意味か?
安岡の解説を紹介します。
 
六十歳になって自我が確立し天命がわかると
私心、独断、偏見が無くなり、
すべてのことに無心に接することができる。
 
あらゆる存在を受容することができる、
 
■六十歳になると「俺が、俺が」という「我執」が消えて
あらゆる人の話を聞く余裕・素直さが出る。
 
これが耳順(じじゅん:みみしがたう)
 
の意味だそうです。
 
私も耳順の歳を越えてその境地になりたいと
考えますが、
一切を無心で受け入れることは難しいですね。
 
■六年前、
妻が若年性アルツハイマーと診断を聞いた時には
耳を疑った。
 
この病気の恐ろしさを調べるほどに現実を受け入れることが
できなかった。
 
■しかし、その後仕事もやめ、
自分のことではなく、
 
彼女の人生に思いを馳せ
彼女に精神寿命があるうちに、彼女の友人、親族に会わせようと
考える心の余裕が生まれました。
 
六十歳を過ぎた今は、週二回病院に面会に行き自然体で接し、
仕事に復帰して新しい人生を歩み始めています。
 
やはり「耳順」の歳でしょうか。
 
 
2.半分の行動は誤りである
 
前原大臣の羽田ハブ空港化発言で議論が持ち上がり、
日本の航空行政が
中央と地方政治家、利権などと絡み合い
妥協の積み重ねだったことが表面化しています。
 
成田と羽田、関空と伊丹をどうするか。
 
今までの行政の決定は、
その都度、「その決定は本当に必要か」と
正しく、問われてきたか?
 
ドラッカーは言います。
■必要な問いは、
「何もしないと何が起こるか」であり、
「何も起こらない」ならば何もしない方がいいと。
 
一方、その答えが
「事態が悪化する」
「機会が失われる」ならば
行動するしかない。
 
 
■優秀な外科医は不要な手術はしない。
下手な外科医は手術をしたがる。
 
何かを成す決定は
手術と同じである。
 
何もしなければ事態が悪化する場合、
何かをしなければ重要な機会が消滅する場合、
思い切った改革が必要である。
 
■多くの場合の失敗は半分だけ行動することである。
 
地方空港だけ整備してハブ空港は作らなかった。
 
地方経済はグローバル経済の一部になっている時、
国際空港と国内空港の一方だけの、
半分だけの別々の政策をとった。
 
多くの場合中途半端な妥協が行われる。
ガンや盲腸は半分だけ切除しても完治しない。
 
我々は人生のマネジメントにも企業のマネジメントにも
中途半端な妥協をしていることが多い。
 
半分の手術はない。
 
半分の行動は誤りである。
 
この考え方いかかでしょうか。
  
本日もメルマガ読んで頂きありがとうございます。
 
今岡善次郎
 
 
----------------------------------------------------------------
株式会社ビジダイン
http://www.bizdyn.jp/
東京農工大大学院客員教授
多摩大学大学院客員教授
http://www.tuat.ac.jp/~rmmot/about/prof/imaoka.html
http://tgs.tama.ac.jp/modules/teacher/index.php?fct=photo&p=33
----------------------------------------------------------------
部分である人は人との関係でしか存在しない。仕事の場で人は組織
の関係でしか、存在しない。どんな専門も他の専門との連携でしか
仕事の成果を生まない。企業は社会との関係でしか存在しない。
科学的管理が説く、外部は単なる環境ではなく、
企業は社会の一部である。
 
 
 
人も組織も、社会である外部の資源を、社会である外部の価値に
変換する経済連鎖の一つの環です。
仏教の<無我>とは<相互依存>のことであり、人も組織も
ネットワークの連鎖でつながっている。そのイメージを
表現した、球形の網の結び目が宝石となっているのが
「インドラの網(ネット)」
 
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                   第076回   
                            
    ★顧客の顧客まで誠をつくす仕事の連鎖★     
 ~P.F・ドラッカーの社会生態学的経済連鎖モデルが開く  
  人生・企業・社会の共通のフラクタル構造~      
◆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◆
 
   『無我の境地』
 
 
■こんにちは、今岡善次郎です。
 
今日11月4日も
メルマガお読み頂きありがとうございます。
 
気温が対前日に比べて10度以上変化する日々、
皆様、体調管理に気をつけてくださいね。
 
週末、すでにコート姿が主流の天津から帰国したら
日本は未だ半袖のTシャツ姿でした。
ところが月曜になると一転冬姿になりましたね。
 
さて、
 
●今週のテーマ
====================
1.無我にして一切受け入れる
2.半分の行動は誤りである
====================
 
1.無我にして一切受け入れる
 
■「六十にして耳順(した)がう」(論語)
とはどういう意味か?
安岡の解説を紹介します。
 
六十歳になって自我が確立し天命がわかると
私心、独断、偏見が無くなり、
すべてのことに無心に接することができる。
 
あらゆる存在を受容することができる、
 
■六十歳になると「俺が、俺が」という「我執」が消えて
あらゆる人の話を聞く余裕・素直さが出る。
 
これが耳順(じじゅん:みみしがたう)
 
の意味だそうです。
 
私も耳順の歳を越えてその境地になりたいと
考えますが、
一切を無心で受け入れることは難しいですね。
 
■六年前、
妻が若年性アルツハイマーと診断を聞いた時には
耳を疑った。
 
この病気の恐ろしさを調べるほどに現実を受け入れることが
できなかった。
 
■しかし、その後仕事もやめ、
自分のことではなく、
 
彼女の人生に思いを馳せ
彼女に精神寿命があるうちに、彼女の友人、親族に会わせようと
考える心の余裕が生まれました。
 
六十歳を過ぎた今は、週二回病院に面会に行き自然体で接し、
仕事に復帰して新しい人生を歩み始めています。
 
やはり「耳順」の歳でしょうか。
 
 
2.半分の行動は誤りである
 
前原大臣の羽田ハブ空港化発言で議論が持ち上がり、
日本の航空行政が
中央と地方政治家、利権などと絡み合い
妥協の積み重ねだったことが表面化しています。
 
成田と羽田、関空と伊丹をどうするか。
 
今までの行政の決定は、
その都度、「その決定は本当に必要か」と
正しく、問われてきたか?
 
ドラッカーは言います。
■必要な問いは、
「何もしないと何が起こるか」であり、
「何も起こらない」ならば何もしない方がいいと。
 
一方、その答えが
「事態が悪化する」
「機会が失われる」ならば
行動するしかない。
 
 
■優秀な外科医は不要な手術はしない。
下手な外科医は手術をしたがる。
 
何かを成す決定は
手術と同じである。
 
何もしなければ事態が悪化する場合、
何かをしなければ重要な機会が消滅する場合、
思い切った改革が必要である。
 
■多くの場合の失敗は半分だけ行動することである。
 
地方空港だけ整備してハブ空港は作らなかった。
 
地方経済はグローバル経済の一部になっている時、
国際空港と国内空港の一方だけの、
半分だけの別々の政策をとった。
 
多くの場合中途半端な妥協が行われる。
ガンや盲腸は半分だけ切除しても完治しない。
 
我々は人生のマネジメントにも企業のマネジメントにも
中途半端な妥協をしていることが多い。
 
半分の手術はない。
 
半分の行動は誤りである。
 
この考え方いかかでしょうか。
  
本日もメルマガ読んで頂きありがとうございます。
 
今岡善次郎
 
 
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株式会社ビジダイン
http://www.bizdyn.jp/
東京農工大大学院客員教授
多摩大学大学院客員教授
http://www.tuat.ac.jp/~rmmot/about/prof/imaoka.html
http://tgs.tama.ac.jp/modules/teacher/index.php?fct=photo&p=33
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部分である人は人との関係でしか存在しない。仕事の場で人は組織
の関係でしか、存在しない。どんな専門も他の専門との連携でしか
仕事の成果を生まない。企業は社会との関係でしか存在しない。
科学的管理が説く、外部は単なる環境ではなく、
企業は社会の一部である。
 
 
 
 

 
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