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2009年12月29日 15:00
2009年12月22日 10:00
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人も組織も、社会である外部の資源を、社会である外部の価値に変換する経済連鎖の一つの環です。仏教の<無我>とは<相互依存>のことであり、人も組織もネットワークの連鎖でつながっている。そのイメージを表現した、球形の網の結び目が宝石となっているのが「インドラの網(ネット)」 ◆━━━今岡善次郎のマネジメント・メルマガ━━━━━◆ 第076回 ★顧客の顧客まで誠をつくす仕事の連鎖★ ~P.F・ドラッカーの社会生態学的経済連鎖モデルが開く 人生・企業・社会の共通のフラクタル構造~ ◆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◆ 『無我の境地』 ■こんにちは、今岡善次郎です。 今日11月4日もメルマガお読み頂きありがとうございます。 気温が対前日に比べて10度以上変化する日々、皆様、体調管理に気をつけてくださいね。 週末、すでにコート姿が主流の天津から帰国したら日本は未だ半袖のTシャツ姿でした。ところが月曜になると一転冬姿になりましたね。 さて、 ●今週のテーマ====================1.無我にして一切受け入れる2.半分の行動は誤りである==================== 1.無我にして一切受け入れる ■「六十にして耳順(した)がう」(論語)とはどういう意味か?安岡の解説を紹介します。 六十歳になって自我が確立し天命がわかると私心、独断、偏見が無くなり、すべてのことに無心に接することができる。 あらゆる存在を受容することができる、 ■六十歳になると「俺が、俺が」という「我執」が消えてあらゆる人の話を聞く余裕・素直さが出る。 これが耳順(じじゅん:みみしがたう) の意味だそうです。 私も耳順の歳を越えてその境地になりたいと考えますが、一切を無心で受け入れることは難しいですね。 ■六年前、妻が若年性アルツハイマーと診断を聞いた時には耳を疑った。 この病気の恐ろしさを調べるほどに現実を受け入れることができなかった。 ■しかし、その後仕事もやめ、自分のことではなく、 彼女の人生に思いを馳せ彼女に精神寿命があるうちに、彼女の友人、親族に会わせようと考える心の余裕が生まれました。 六十歳を過ぎた今は、週二回病院に面会に行き自然体で接し、仕事に復帰して新しい人生を歩み始めています。 やはり「耳順」の歳でしょうか。 2.半分の行動は誤りである 前原大臣の羽田ハブ空港化発言で議論が持ち上がり、日本の航空行政が中央と地方政治家、利権などと絡み合い妥協の積み重ねだったことが表面化しています。 成田と羽田、関空と伊丹をどうするか。 今までの行政の決定は、その都度、「その決定は本当に必要か」と正しく、問われてきたか? ドラッカーは言います。■必要な問いは、「何もしないと何が起こるか」であり、「何も起こらない」ならば何もしない方がいいと。 一方、その答えが「事態が悪化する」「機会が失われる」ならば行動するしかない。 ■優秀な外科医は不要な手術はしない。下手な外科医は手術をしたがる。 何かを成す決定は手術と同じである。 何もしなければ事態が悪化する場合、何かをしなければ重要な機会が消滅する場合、思い切った改革が必要である。 ■多くの場合の失敗は半分だけ行動することである。 地方空港だけ整備してハブ空港は作らなかった。 地方経済はグローバル経済の一部になっている時、国際空港と国内空港の一方だけの、半分だけの別々の政策をとった。 多くの場合中途半端な妥協が行われる。ガンや盲腸は半分だけ切除しても完治しない。 我々は人生のマネジメントにも企業のマネジメントにも中途半端な妥協をしていることが多い。 半分の手術はない。 半分の行動は誤りである。 この考え方いかかでしょうか。 本日もメルマガ読んで頂きありがとうございます。 今岡善次郎 ----------------------------------------------------------------株式会社ビジダインhttp://www.bizdyn.jp/東京農工大大学院客員教授多摩大学大学院客員教授http://www.tuat.ac.jp/~rmmot/about/prof/imaoka.htmlhttp://tgs.tama.ac.jp/modules/teacher/index.php?fct=photo&p=33----------------------------------------------------------------部分である人は人との関係でしか存在しない。仕事の場で人は組織の関係でしか、存在しない。どんな専門も他の専門との連携でしか仕事の成果を生まない。企業は社会との関係でしか存在しない。科学的管理が説く、外部は単なる環境ではなく、企業は社会の一部である。 人も組織も、社会である外部の資源を、社会である外部の価値に変換する経済連鎖の一つの環です。仏教の<無我>とは<相互依存>のことであり、人も組織もネットワークの連鎖でつながっている。そのイメージを表現した、球形の網の結び目が宝石となっているのが「インドラの網(ネット)」 ◆━━━今岡善次郎のマネジメント・メルマガ━━━━━◆ 第076回 ★顧客の顧客まで誠をつくす仕事の連鎖★ ~P.F・ドラッカーの社会生態学的経済連鎖モデルが開く 人生・企業・社会の共通のフラクタル構造~ ◆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◆ 『無我の境地』 ■こんにちは、今岡善次郎です。 今日11月4日もメルマガお読み頂きありがとうございます。 気温が対前日に比べて10度以上変化する日々、皆様、体調管理に気をつけてくださいね。 週末、すでにコート姿が主流の天津から帰国したら日本は未だ半袖のTシャツ姿でした。ところが月曜になると一転冬姿になりましたね。 さて、 ●今週のテーマ====================1.無我にして一切受け入れる2.半分の行動は誤りである==================== 1.無我にして一切受け入れる ■「六十にして耳順(した)がう」(論語)とはどういう意味か?安岡の解説を紹介します。 六十歳になって自我が確立し天命がわかると私心、独断、偏見が無くなり、すべてのことに無心に接することができる。 あらゆる存在を受容することができる、 ■六十歳になると「俺が、俺が」という「我執」が消えてあらゆる人の話を聞く余裕・素直さが出る。 これが耳順(じじゅん:みみしがたう) の意味だそうです。 私も耳順の歳を越えてその境地になりたいと考えますが、一切を無心で受け入れることは難しいですね。 ■六年前、妻が若年性アルツハイマーと診断を聞いた時には耳を疑った。 この病気の恐ろしさを調べるほどに現実を受け入れることができなかった。 ■しかし、その後仕事もやめ、自分のことではなく、 彼女の人生に思いを馳せ彼女に精神寿命があるうちに、彼女の友人、親族に会わせようと考える心の余裕が生まれました。 六十歳を過ぎた今は、週二回病院に面会に行き自然体で接し、仕事に復帰して新しい人生を歩み始めています。 やはり「耳順」の歳でしょうか。 2.半分の行動は誤りである 前原大臣の羽田ハブ空港化発言で議論が持ち上がり、日本の航空行政が中央と地方政治家、利権などと絡み合い妥協の積み重ねだったことが表面化しています。 成田と羽田、関空と伊丹をどうするか。 今までの行政の決定は、その都度、「その決定は本当に必要か」と正しく、問われてきたか? ドラッカーは言います。■必要な問いは、「何もしないと何が起こるか」であり、「何も起こらない」ならば何もしない方がいいと。 一方、その答えが「事態が悪化する」「機会が失われる」ならば行動するしかない。 ■優秀な外科医は不要な手術はしない。下手な外科医は手術をしたがる。 何かを成す決定は手術と同じである。 何もしなければ事態が悪化する場合、何かをしなければ重要な機会が消滅する場合、思い切った改革が必要である。 ■多くの場合の失敗は半分だけ行動することである。 地方空港だけ整備してハブ空港は作らなかった。 ----------------------------------------------------------------株式会社ビジダインhttp://www.bizdyn.jp/東京農工大大学院客員教授多摩大学大学院客員教授http://www.tuat.ac.jp/~rmmot/about/prof/imaoka.htmlhttp://tgs.tama.ac.jp/modules/teacher/index.php?fct=photo&p=33----------------------------------------------------------------部分である人は人との関係でしか存在しない。仕事の場で人は組織の関係でしか、存在しない。どんな専門も他の専門との連携でしか仕事の成果を生まない。企業は社会との関係でしか存在しない。科学的管理が説く、外部は単なる環境ではなく、企業は社会の一部である。 人も組織も、社会である外部の資源を、社会である外部の価値に変換する経済連鎖の一つの環です。仏教の<無我>とは<相互依存>のことであり、人も組織もネットワークの連鎖でつながっている。そのイメージを表現した、球形の網の結び目が宝石となっているのが「インドラの網(ネット)」 ◆━━━今岡善次郎のマネジメント・メルマガ━━━━━◆ 第076回 ★顧客の顧客まで誠をつくす仕事の連鎖★ ~P.F・ドラッカーの社会生態学的経済連鎖モデルが開く 人生・企業・社会の共通のフラクタル構造~ ◆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◆ 『無我の境地』 ■こんにちは、今岡善次郎です。 今日11月4日もメルマガお読み頂きありがとうございます。 気温が対前日に比べて10度以上変化する日々、皆様、体調管理に気をつけてくださいね。 週末、すでにコート姿が主流の天津から帰国したら日本は未だ半袖のTシャツ姿でした。ところが月曜になると一転冬姿になりましたね。 さて、 ●今週のテーマ====================1.無我にして一切受け入れる2.半分の行動は誤りである==================== 1.無我にして一切受け入れる ■「六十にして耳順(した)がう」(論語)とはどういう意味か?安岡の解説を紹介します。 六十歳になって自我が確立し天命がわかると私心、独断、偏見が無くなり、すべてのことに無心に接することができる。 あらゆる存在を受容することができる、 ■六十歳になると「俺が、俺が」という「我執」が消えてあらゆる人の話を聞く余裕・素直さが出る。 これが耳順(じじゅん:みみしがたう) の意味だそうです。 私も耳順の歳を越えてその境地になりたいと考えますが、一切を無心で受け入れることは難しいですね。 ■六年前、妻が若年性アルツハイマーと診断を聞いた時には耳を疑った。 この病気の恐ろしさを調べるほどに現実を受け入れることができなかった。 ■しかし、その後仕事もやめ、自分のことではなく、 彼女の人生に思いを馳せ彼女に精神寿命があるうちに、彼女の友人、親族に会わせようと考える心の余裕が生まれました。 六十歳を過ぎた今は、週二回病院に面会に行き自然体で接し、仕事に復帰して新しい人生を歩み始めています。 やはり「耳順」の歳でしょうか。 2.半分の行動は誤りである 前原大臣の羽田ハブ空港化発言で議論が持ち上がり、日本の航空行政が中央と地方政治家、利権などと絡み合い妥協の積み重ねだったことが表面化しています。 成田と羽田、関空と伊丹をどうするか。 今までの行政の決定は、その都度、「その決定は本当に必要か」と正しく、問われてきたか? ドラッカーは言います。■必要な問いは、「何もしないと何が起こるか」であり、「何も起こらない」ならば何もしない方がいいと。 一方、その答えが「事態が悪化する」「機会が失われる」ならば行動するしかない。 ■優秀な外科医は不要な手術はしない。下手な外科医は手術をしたがる。 何かを成す決定は手術と同じである。 何もしなければ事態が悪化する場合、何かをしなければ重要な機会が消滅する場合、思い切った改革が必要である。 ■多くの場合の失敗は半分だけ行動することである。 地方空港だけ整備してハブ空港は作らなかった。 地方経済はグローバル経済の一部になっている時、国際空港と国内空港の一方だけの、半分だけの別々の政策をとった。 多くの場合中途半端な妥協が行われる。ガンや盲腸は半分だけ切除しても完治しない。 我々は人生のマネジメントにも企業のマネジメントにも中途半端な妥協をしていることが多い。 半分の手術はない。 半分の行動は誤りである。 この考え方いかかでしょうか。 本日もメルマガ読んで頂きありがとうございます。 今岡善次郎 ----------------------------------------------------------------株式会社ビジダインhttp://www.bizdyn.jp/東京農工大大学院客員教授多摩大学大学院客員教授http://www.tuat.ac.jp/~rmmot/about/prof/imaoka.htmlhttp://tgs.tama.ac.jp/modules/teacher/index.php?fct=photo&p=33----------------------------------------------------------------部分である人は人との関係でしか存在しない。仕事の場で人は組織の関係でしか、存在しない。どんな専門も他の専門との連携でしか仕事の成果を生まない。企業は社会との関係でしか存在しない。科学的管理が説く、外部は単なる環境ではなく、企業は社会の一部である。 人も組織も、社会である外部の資源を、社会である外部の価値に変換する経済連鎖の一つの環です。仏教の<無我>とは<相互依存>のことであり、人も組織もネットワークの連鎖でつながっている。そのイメージを表現した、球形の網の結び目が宝石となっているのが「インドラの網(ネット)」 ◆━━━今岡善次郎のマネジメント・メルマガ━━━━━◆ 第076回 ★顧客の顧客まで誠をつくす仕事の連鎖★ ~P.F・ドラッカーの社会生態学的経済連鎖モデルが開く 人生・企業・社会の共通のフラクタル構造~ ◆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◆ 『無我の境地』 ■こんにちは、今岡善次郎です。 今日11月4日もメルマガお読み頂きありがとうございます。 気温が対前日に比べて10度以上変化する日々、皆様、体調管理に気をつけてくださいね。 週末、すでにコート姿が主流の天津から帰国したら日本は未だ半袖のTシャツ姿でした。ところが月曜になると一転冬姿になりましたね。 さて、 ●今週のテーマ====================1.無我にして一切受け入れる2.半分の行動は誤りである==================== 1.無我にして一切受け入れる ■「六十にして耳順(した)がう」(論語)とはどういう意味か?安岡の解説を紹介します。 六十歳になって自我が確立し天命がわかると私心、独断、偏見が無くなり、すべてのことに無心に接することができる。 あらゆる存在を受容することができる、 ■六十歳になると「俺が、俺が」という「我執」が消えてあらゆる人の話を聞く余裕・素直さが出る。 これが耳順(じじゅん:みみしがたう) の意味だそうです。 私も耳順の歳を越えてその境地になりたいと考えますが、一切を無心で受け入れることは難しいですね。 ■六年前、妻が若年性アルツハイマーと診断を聞いた時には耳を疑った。 この病気の恐ろしさを調べるほどに現実を受け入れることができなかった。 ■しかし、その後仕事もやめ、自分のことではなく、 彼女の人生に思いを馳せ彼女に精神寿命があるうちに、彼女の友人、親族に会わせようと考える心の余裕が生まれました。 六十歳を過ぎた今は、週二回病院に面会に行き自然体で接し、仕事に復帰して新しい人生を歩み始めています。 やはり「耳順」の歳でしょうか。 2.半分の行動は誤りである 前原大臣の羽田ハブ空港化発言で議論が持ち上がり、日本の航空行政が中央と地方政治家、利権などと絡み合い妥協の積み重ねだったことが表面化しています。 成田と羽田、関空と伊丹をどうするか。 今までの行政の決定は、その都度、「その決定は本当に必要か」と正しく、問われてきたか? ドラッカーは言います。■必要な問いは、「何もしないと何が起こるか」であり、「何も起こらない」ならば何もしない方がいいと。 一方、その答えが「事態が悪化する」「機会が失われる」ならば行動するしかない。 ■優秀な外科医は不要な手術はしない。下手な外科医は手術をしたがる。 何かを成す決定は手術と同じである。 何もしなければ事態が悪化する場合、何かをしなければ重要な機会が消滅する場合、思い切った改革が必要である。 ■多くの場合の失敗は半分だけ行動することである。 地方空港だけ整備してハブ空港は作らなかった。 地方経済はグローバル経済の一部になっている時、国際空港と国内空港の一方だけの、半分だけの別々の政策をとった。 多くの場合中途半端な妥協が行われる。ガンや盲腸は半分だけ切除しても完治しない。 我々は人生のマネジメントにも企業のマネジメントにも中途半端な妥協をしていることが多い。 半分の手術はない。 半分の行動は誤りである。 この考え方いかかでしょうか。 本日もメルマガ読んで頂きありがとうございます。 今岡善次郎 ----------------------------------------------------------------株式会社ビジダインhttp://www.bizdyn.jp/東京農工大大学院客員教授多摩大学大学院客員教授http://www.tuat.ac.jp/~rmmot/about/prof/imaoka.htmlhttp://tgs.tama.ac.jp/modules/teacher/index.php?fct=photo&p=33----------------------------------------------------------------部分である人は人との関係でしか存在しない。仕事の場で人は組織の関係でしか、存在しない。どんな専門も他の専門との連携でしか仕事の成果を生まない。企業は社会との関係でしか存在しない。科学的管理が説く、外部は単なる環境ではなく、企業は社会の一部である。