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社会生態学とサプライチェーンマネジメント

2009年8月18日 14:45

人も組織も、社会である外部の資源を、社会である外部の価値に
変換する経済連鎖の一つの環です。
仏教の<無我>とは<相互依存>のことであり、人も組織も
ネットワークの連鎖でつながっている。そのイメージを
表現した、球形の網の結び目が宝石となっているのが
「インドラの網(ネット)」

◆━━━今岡善次郎のマネジメント・メルマガ━━━━━◆
                   第064回   
                            
     ★顧客の顧客まで誠をつくす仕事の連鎖★     
 ~P.F・ドラッカーの社会生態学的経済連鎖モデルが開く  
  人生・企業・社会の共通のフラクタル構造~      
◆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◆

 

   『社会生態学サプライチェーンマネジメント

メルマガ初めて1年経過したところで
先週は休刊しました。

本日再開メルマガお読み頂きありがとうございます。

この一年間、
いろんな読者から激励や感想、
アドバイスも頂きました。

 

■その中の一つが
守破離」せよ、でした。

ドラッカーを忠実に「守り」
そしてそれを「破り」
最後に自分流の原理をうち立て
ドラッカーから「離れろ」と。

というアドバイスです。

その解答が今週のテーマ
社会生態学サプライチェーンマネジメントです。

 

さて、

●今週のテーマ
====================
1.サプライチェーンマネジメント
2.同時に二つのことはできない
====================

1.サプライチェーンマネジメント

サプライチェーンマネジメント

プロジェクトマネジメントも、

単に、
マネジメント
と言っても、

仕事で成果を上げる原理であることは
変わりありません。

仕事の構造をどのように
モデル化するかの違いですね。

 

■仏教の<無我=相互依存>のイメージを
表現した、球形の網の結び目が宝石となっている

「インドラの網(ネット)」

というものがあるそうです。


<「ダライ・ラマのビジネス入門」
(ダライ・ラマ14世&L・V・D・ムイゼンバーグ、
岩木貴子訳、マガジンハウス)より>


「インドラの網(ネット)」は
人や組織の行動が「孤立」した存在ではなく
相互依存した関係であることをモデル化したものです。

企業は人と同じく相互依存し、
行動と反応の無限の連鎖のあって「孤」
として存在しない。

この思想はドラッカーの社会生態学的企業観と
同じだと思っています。


すなわち、
「企業は社会の資源を顧客価値に変換する
経済連鎖の一つの環である」と言っているのです。


■これは私、今岡善次郎が
この12年間のテーマにしております、

サプライチェーンマネジメント(供給連鎖経営)

と同じものです。

そう言う意味ではドラッカーからの
守破離」というわけではありませんが、

ドラッカーに拘らず
仏教も儒教も、
デカルト的西洋科学も
脳科学も、
私が「工学」と「経営」から
経営原理をまとめた「経営力学」
に戻ってメルマガ展開したいと
考えています。

■「ドラッカーの知も」含めて
先人の教えは社会的資源として
「インドラの網」の一つひとつの
目になると考えられます。

このメルマガ含めて
私も
「インドラの網の一つの目」になって
社会に貢献したいと思います。

サプライチェーンは人や組織が
社会の中で仕事をする時の一つの
モデルです。

■ちなみに
ハーバードビジネススクールを筆頭とする
マネジメント教育は

「経営戦略」「イノベーション」「ファイナンス」

「構造思考法」「コンプライアンス」

というトップマネジメントの領域別カリキュラムで
エリート教育を目的としています。

■それに対して
サプライチェーンマネジメントの教育は
ロジスティクスや生産など現場の視点から
成果の原理を追求します。

サプライチェーンマネジメント教育が
独立した科目や領域が存在しているのは
私が奉職している2つの大学の大学院しかありません。

モノと情報とカネの動きから
現場を統合する
サプライチェーンマネジメント

情報化時代の
マネジメント教育の重要な領域になるだろう
思います。

 

2.同時に二つのことはできない


トヨタ生産方式のイノベーションに
「多能工」というのがあります。

専門に特化した
「単能工」が欧米の科学的管理法では常識なのに、
本来の人間はそもそも多能であり、

万屋(よろずや)である。


■人間は貧欲であり
個人でも組織でもあれもやりたい、これもやりたいと考える。

やるべきことがたくさんある。

自分の仕事だけではなく、
他からの仕事を頼まれる。

やらなければならないことに対して
やるために時間があまりにも少ない。

■ところが、
昨日は意味があったが今日は誰のためにも
なっていない仕事がいつまでも生き続ける。

惰性で行っていることが余りにも多い。

中止することに恐怖感さえ感じる。


そのために
人は同時にいくつかのことをする。

うまくいかない。

うまくいかないともっとあれもこれも
やろうとする。

そしてどれをとっても時間がまともに取れない。

 

■ドラッカーによると、

成果をあげるものは
新しい仕事をする前に
古い行動を捨てる。

トヨタの多能工と言えども
「車の塗装作業を止めてから車を組み立てる」

同時に二つのことはできない。

 

本日もメルマガ読んで頂きありがとうございます。

今岡善次郎


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株式会社ビジダイン
http://www.bizdyn.jp/
東京農工大大学院客員教授
多摩大学大学院客員教授
http://www.tuat.ac.jp/~rmmot/about/prof/imaoka.html
http://tgs.tama.ac.jp/modules/teacher/index.php?fct=photo&p=33
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部分である人は人との関係でしか存在しない。仕事の場で人は組織
の関係でしか、存在しない。どんな専門も他の専門との連携でしか
仕事の成果を生まない。企業は社会との関係でしか存在しない。
科学的管理が説く、外部は単なる環境ではなく、
企業は社会の一部である。
 

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