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社会と言う肉体の一つの細胞
2008年11月19日 07:30
『ドラッカー、社会と言う肉体の一つの細胞』
さる16日日曜日テレビの取材を受けました。
「たけしのほんとは怖い家庭の医学」
認知症の早期診断の難しさ、
早期診断することの意味。
医学的な視点でだけではなく、
夫婦家族、友人関係、そして高齢化社会に
どう生きるか。
社会的にも重要なテーマだから実名実写で
協力しました。
12月16日(火)の放映だそうです。
さて今週は、
「人間は社会と言う肉体の一つの細胞」
がテーマです。
(なお本メルマガ前日の18日に書いて、予約しておいて
皆様にお届けしております。
23日までPC持参しない出張ですのでコメント返信
しばらくできませんのでご了承下さい。)
●今週のテーマ
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1.絶望せずに死ねるには
2.社会のきずな
3.構造変化はイノベーションの機会
4.コミュニケーション、夫婦愛と在宅介護
5.還暦のベビーブーマー
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1.絶望せずに死ねるには
ドラッカーらしいドキッとする表現を紹介します。
社会は、人が社会において生きることを望むのであれば、
絶望せずに死ねるようにしなければならない。
その方法は一つしかない。
個々の人間の人生を無意味化することである。
■なんと、
人生に意味を与えると人は絶望して死ぬ。
というわけです。
誰しも人生に意味を与えたいですね。
俺がこの世に存在した意味は
・・・・だぞ~、とこの世をおさらばするとき
いいたいじゃないですか。
■しかしドラッカーは言います。
一人ひとりの人間が、人類と言う樹木の一枚の葉、
あるいは社会と言う肉体の一つの細胞に過ぎないとするならば
、死は死でなくなる。
集合的な再生の一つの過程に過ぎなくなる。
もちろん、その時人生もまた人生でなくなる。
それは、生命体のなかのひとつの機能的過程にすぎず、
全体との関連がなければ、
いかなる意味ももたない存在となる。
個人は組織の一部であり、
組織は社会の一部である。
ドラッカーのマネジメントの真髄部分のような気がします。
■西洋の科学は個人に絶対の存在価値を置いた。
個人を社会と切り離した。
個人の存在の価値、人生に意味を与えた結果
絶望して死ぬしかない。
死は即すべての終わりになるから。
2.社会のきずな
浴風会ケアスクール校長の服部先生主催の
認知症家族会で、
男性介護者が体験を
オープンにすることの意味について話し合いがありました。
私がメルマガで述べたこと、
コミユニケーションは受け手がいて初めて成り立つこと、
言葉より体験の共有がコミニケーションであること、
も引き合いに出して頂きました。
■俳優の長門裕之がTVで妻南田洋子の認知症介護の
ドキュメントを放送しましたね。
長門が
「いろいろ詮索されるのが嫌になった。オープンにして
現実を知ってもらったほうがいい」
というのが動機だったという。
オンエアされた後100件以上の反響があって
一件だけ
「自分の恥部を見せて商売するんですね」
という批判はあったが、それ以外はすべて
励ましと感動だったそうです。
(週刊女性記事より)
■番組で長門が
「溺れる者藁をもつかむ」という言って
多くの「よくやっているね」メールが「藁」となって
励まされたと言った。
■私、今岡善次郎も昨年の11月「週刊現代」の
アルツハイマー病家族座談会に実名を写真付きで
公開しました。
今年1月にはNHKスペシャルの「認知症特別番組」にも
出演しました。
そして最近11月16日、テレビ朝日の取材受けました。
公開した理由?
社会から隠し、夫婦と家族が閉じた社会で暮した
数年間が悲惨だったから。
多くの体験者の実例に助けられたから
自分も人を助けたいと思ったからです。
■前に述べたメルマガでのドラッカーの引用
「一人ひとりの人間が、人類と言う樹木の一枚の葉、
あるいは社会と言う肉体の一つの細胞に過ぎない・・・」
社会という肉体の小さな細胞は肉体から離れることは
生命の死なんですね。
■長門の行為を「恥部を見せて商売する」と言う人がいる。
私が介護体験を小説化する試みに対して
「目的が分らない」という人もいます。
夫婦も家族も
社会の一部であって孤立することは出来ないです。
又社会は見たくないものでも直視して欲しい。
高齢者、障害者など弱者も社会の一葉であることを
認識していただきたい。
でも公開することに批判的な人は1%以下、
ほとんどに人は好意的に響いてくれます。
■私が妻の病気診断以来の絶望から前向きに生きる
ヒントを与えてくれた人は経験談を書いた人でした。
ドクターでも介護のプロでもありませんでした。
経験の共有がコミュニケーションであること。
人は社会的存在であること。
すなわち社会のきずななんですね。
これらがドラッカーの思想で理解できます。
3.構造変化はイノベーションの機会
米国発の金融危機が引き起こしている世界経済不況、
日本を筆頭にする政府の財政危機、
政府の財政難と行政府の官僚主義に起因する
医療、介護、年金問題。
産業も市場も、経済も政治もおおきな構造変化
が起っていると言えましょう。
100年来の構造変化だとも言われていますね。
構造変化は脅威か機会か?
ドラッカーは
■構造変化はイノベーションの機会だと言っていますよ。
構造変化を起している業界に関わるすべての者に企業家精神
を要求する。
「我々の仕事は何か」を問わなければならない。
「問題解決ではなく問題定義」ですね。
100年前の構造変化を
機会として捉えた自動車業界のGMやフォードが不振に
喘いでいますね。
これからの自動車業界の構造変化をどのように機会とするか
トヨタやホンダは必死で考えていると思います。
彼等の戦略をしっかり見ていきましょう。
ところで、
■あらゆる業界に影響を与える、
自動車業界の構造変化を考えるにあたり、
100年前の自動車業界の構造変化とその機会を見てみましょう。
その時の自動車業界は破竹の勢いで成長しました。
金持ちの富裕層の、贅沢品であった馬車市場
が置き換わった。
馬車市場の業者はなすすべもなかった。
ヘンリーフォードは車が金持ちの贅沢品ではないことに気づき
半熟練工で大量生産でき、価格も5分の1の
低価格で運転も修理もしやすいT型フォードを作った。
■その後、国別の自動車業界は生き残りをかけて
国際市場で競争し、省エネ、環境対策、安全対策で
日本車が頑張った。
GMやフォードは自国市場での短期指向経営
で現在苦境に陥っているわけですね。
■今の自動車業界の構造変化は先進国の消費者の
車に対する認識が変ったことではないでしょうか。
車が社会的ステイタスであったり、ライフスタイル
ではなくなった。
単に移動手段に過ぎない。
車が社会的ステイタスという「かっこいい馬車」
ではなく、環境や安全を脅かすが一方で
必需品に変った。
■トヨタ式経営は生産現場の部分最適から経営全体の
全体最適経営に特徴があります。
それを拡張して社会経済の社会生態系の中での
トヨタの位置づけをどう変えていくか。
サプライヤーにも、顧客にも、社会にも
尊敬される会社と言えるかどうかが問われます。
コストダウンだけではなく、
車の価値の再定義。
自動車産業と言う垣根を越えた
「我々の事業とは何か?」
の問いから入って欲しい。
■又、
その経営思想を自動車以外の分野で成果を
上げることがこれからのトヨタの挑戦ではないでしょうか?
4.コミュニケーション、夫婦愛と在宅介護
私は妻を入院させた罪悪感が残っていますが、
家族会のある先輩の男性介護者から
先週のメルマガに返信メールを頂きました。
男同士二人きりで語り合った仲です。
在宅介護にともなう夫婦愛と家族関係での
苛立ちは体験したもの同志の
コミュニケーション。
それは「戦友」と呼べる関係かもしれません。
■> 「壊れゆく 君との面会 辛いけど
> 会おうと思えば 会える幸せ」
将にそのとうりですね。
居なくなった時を思うと
どんな形でも生きテテ欲しいと思います。
でも夜中に起こされたるすると
こうは行きませんが…
■介護するのではなく
共に生きる積りになりつつあります。
まだまだやりとうせる自信はないのですが…
入浴は人にたのまず、自分でして上げないと。
その時間手をつなぎ。
明日のサラダは一緒に作る
アレ取って これ仕舞って。。。
やってもらえそうなことは
後で私が一人でやるより、やってもらう。
一緒にいる実感あるのです。
介護者は一般から見ると精神的追い込まれており、
家族であっても気持ちが通じ合わないことも
あります。
■時には、開き直って
半年に一度 姉妹3人一緒に見舞うより
別々に3回見舞ってくれぬか?
↓
奥様の姉妹が疎遠にしていることへの苛立ち。
嫁に来る気ないなら 来ないで良いよ と言って見たり。
↓
息子夫婦への苛立ち
■思いどうりにならず
疲れるだけですが マイ ウェイ。
ダメな時は 諦めるしかなかろうと
割りきりたいと思ってますが。。。
トンだ 愚痴 お聞かせしました。
貴方 と 私 一人時間の長さ の違いも有り
傾注する対象が違うところもあるのでしょうが
妻と頑張る戦友であります。
■読まれたかもしれませんが
「妻に捧げた1778話」(眉村 卓 )
ガンで余命幾ばくも無い妻に
毎日 ショートストーリ?
を書きつずけた話です。
夫婦の有り方を考えさせる 一遍です。
よろしければ ご一読を。
↓
さっそく注文しました。
ドラッカーが言っているように、
コミュニケーションは体験の共有であり
同じ価値観を持つもの同志で響きあうものです。
5.還暦のベビーブーマー
金融危機が80年前のような世界恐慌の時のように
世界大乱になって再び安定するのに
10年以上かかるのか、
それとも短期に新興国の経済成長で新しい秩序
をもたらすのか。
「日本経済崩壊」「雇用大淘汰」など
暗い記事ばかりですね。
こんな時代に個人としても組織としても
生き残るためにどうするか。
今までと同じことでは破綻が来る。
何をすべきか?
分っている現実からどんなことが起るか考えれば良い
とドラッカーは言います。
■ドラッカーは
人口構造の変化から10年後、20年後の社会
を予測したそうです。
当時のエコノミストや政府関係者の
ほとんどは
かれの予測を一笑に付した。
人間は現実に起らないと認識を変えることは
難しい。
通念を捨てることは難しい。
■米国でも日本でも、日本では団塊世代と言われる
我々の世代、
ベビーブーム(還暦をベビーと呼ぶには可笑しいが)
世代が時代を市場を作ってきましたね。
自動車もファッションも住宅も、今は還暦になった
ベビーブーム世代の人口構造の
変化を捉えた企業が成長しました。
これから10年後は団塊世代が70歳前後になること
だけは間違いない。
■自動車もファッションも住宅などに満足を得ようとしない。
従来の価値観ではもうカネは使わない。
リタイヤした後の人生で大切なのは
会社人生から離れた個人が社会とどうきずなを
持つかが人間として生き方につながるのです。
会社を通しての社会とのつながりではなく、
個人として、家族として、
社会との関係、役割のある人生にしたい。
■ヘッジファンドなどの金融ビジネスで、
金銭を増やしたい顧客を相手に仕事して、
その報酬も金銭であるというビジネスが、
膨張してきたのは
社会生態系のバランスを欠いたと言っても良いでしょう。
その一方で金銭ではない人間の生命に価値を置く分野では
カネの流れが詰まっている。
■年金や医療や介護の問題は高齢化社会という
人口構造の変化にともなって生じています。
迷走している全世帯への生活給付金も
要介護者や、介護職への給付に的を絞って
手当てすればいいのじゃないか。
介護職の人たちの待遇改善が急務です。
妻がお世話になっているから言うわけじゃないですが、
介護のプロの人たちは基本的に人間味に溢れている。
今は資金不足で延期していますが、
■私、今岡善次郎もグループホームか小規模多機能施設を
起業しようかと東京都事業者連絡会に入会しています。
大会の後の懇親会で若い介護士さんたちと
酒を酌み交わしますが、すばらしい人たちです。
需要があるが待遇が良くない分野こそ
給付金はすぐ使われて経済循環に役立つのです。
■今週もメルマガ最後までお読み頂きありがとうございます。
今岡善次郎
追記:
これからもドラッカーの視点から日本の商人道
や東西の知など組み合わせて
新しい視点を用意して
皆様のお役に立ちたいと思っております。
あなたの友人や仕事仲間のメーリングリストで紹介し
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ドラッカーの話が盛り上がりますよ。
↓
http://archive.mag2.com/0000269052/index.html
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でご覧になれます。
私の10年来のテーマ、サプライチェーンマネジメント
の課題です。
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ブログ「今岡善次郎のサプライチェーンマネジメント」
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部分である人は人との関係でしか存在しない。仕事の場で人は組織
の関係でしか、存在しない。どんな専門も他の専門との連携でしか
仕事の成果を生まない。企業は社会との関係でしか存在しない。
科学的管理が説く、外部は単なる環境ではなく、
企業は社会の一部である。
